
レシピの話
フランス地方料理を巡る旅


オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地方の郷土料理、リヨン料理の「Gâteau de foie de volaille(ガトー・ド・フォア・ド・ヴォライユ)」をご紹介します。お菓子のような形にすることからこの料理名に。今ではリヨンだけでなく、フランス各地のビストロから、家庭まで広く浸透していて、使う型やソース、作り方にも様々なバリエーションがあります。今回はプリン型を使用し、ソースはリヨンでの基本であるソース・ナンチュアにしています。作る際の大切なポイントは、火加減!「す」が入らないように低温で焼き上げましょう。詳しくは「レシピの説明」で。
そして、後半はメートル・ド・セルヴィスの会の長谷川ソムリエによるワインの話です。なるほど!というマリアージュ。フランス各地の甘口ワインの特長がコンパクトに分かりやすくまとめて下さっています。そしてシェフと長谷川ソムリエの二人の失敗や苦労のエピソードはその情景が目に浮かぶようで胸が熱くなりました。厳しくも優しい、尊敬すべき先輩の存在は偉大ですね。
~ 第1章 ~
レシピの話
材料
<材料>(8人前)
- (ガトー)
- 鶏レバー:300g
- 全卵:2個
- 卵黄:1個
- 牛乳:50ml
- 生クリーム:150ml
- ポルト酒:40ml
- 溶かしバター:50g
- ナツメグ:少々
- 塩・コショウ
上面直径4㎝×底面直径6㎝×高さ5.5㎝のプリン型
- (ソース・ナンチュア)
- バター:20g
- エクルヴィス:300g
- ニンニク:1片
- タマネギ(エマンセ(※1)):40g
- ニンジン(エマンセ):40g
- セロリ(エマンセ):20g
- トマト(コンカッセ(※2)):180g
- トマトペースト:15g
- コニャック:20ml
- 白ワイン:150ml
- 水:600ml
- 生クリーム:150ml
- ブーケ・ガルニ
- カイエンヌペッパー:少々
- レモン汁:少々
- バター(モンテ用):適量
- 塩・コショウ
- (パナード)
- 牛乳:50ml
- バター:20g
- 薄力粉:10g
- 卵黄:1個分
- (仕上げ・ガルニチュール)
- トリュフ(エマンセ):8枚
- エクルヴィス:8尾
- ブロッコリー:適量
<フランス料理用語注釈>
※1・・・エマンセ(émincer) 薄切りする
※2・・・コンカッセ(concasser) 粗く刻む、粗く砕く
作り方
- (ガトー)掃除した鶏レバーとシュー生地の要領で作ったパナードと残りのガトーの材料をミキサーにかけて、漉す。
- バターを塗ったプリン型に1の生地を流し、アルミホイルで蓋をしてスチコンで加熱する。
コンビモード・50%・150℃・15分 → オーブンの場合は湯銭で160℃・20~30分 - (ソース・ナンチュア)鍋でバターを熱し、ミルポワを炒め、砕いたエクルヴィスを加えて炒める。次いでトマト類を加えて炒め、酒類を加えてアルコール分を飛ばし、水を加えて約30分煮る。生クリームを加えて煮詰め、漉す。
- (仕上げ)器にガトーを盛り、ブランシール(※3)してバターを絡めたブロッコリーと火入れしたエクルヴィスを添え、仕上げたソースをナペ(※4)し、トリュフを飾る。
<フランス料理用語注釈>
※3・・・・・・ブランシールする(blanchir) ここでは、塩ゆでするの意
※4・・・・・・ナペする(napper) 全体を覆うようにソースなどをかける


レシピの説明&エピソード
ベテランのキュイジニエにとっては「お~!」と声が上がりそうな料理「Gâteau de foie de volaille(ガトー・ド・フォア・ド・ヴォライユ)」が今回のテーマです。若い方は「ふーん!」かもしれませんが...いきます。
オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地方の郷土料理、リヨン料理なのですが、今ではフランス全土と言っても良いほど日常に浸透していて、街のビストロやブション(リヨン料理を出す大衆食堂)、もちろん家庭でもよく食されています。ガトーと言ってもお菓子ではありません。お菓子のような形にするのでこの料理名なのです。形は様々で今回のようなプリン型から実際のお菓子で使うような型まで色々なパターンがあるようです。添えるソースはトマトソースやマディラ酒ソース等に変えるなど変化してきていますが、リヨン料理としては「ソース・ナンチュア」が基本のようです。実際、リヨンではない街のビストロでこの料理を食べた時もしっかりとしたソース・ナンチュアでした。料理書によって「Gâteau de foie de volaille」の作り方は様々で、牛骨髄や豚の背脂などの脂を入れて滑らかにしたものや今回のようにパナードを加えて「Quenelles de brochet à la lyonnaise」と同じようにつないだものなどがあります。大切なのは火の入れ方で、生地に巣が入ってぼそぼそにならないように低温で焼き上げるのがポイントです。
実はこの「Gâteau de foie de volaille」、それこそ40年ほど前まではリヨン周辺の名だたる三ツ星レストランで堂々とラ・カルト(メニュー)に載っていた高級料理なのです。私の手元にある「季刊フランス料理」や古い料理書にも煌びやかにそしてエレガントに銀器に盛り付けられた「Gâteau de foie de volaille」が何ページも紹介されています。若い頃、こういうクラシックな料理写真を仕事終わりの深夜に穴が空くほど見つめていました。まだスマホもネットも無い時代です。料理書や専門料理だけが情報源でした。「やっぱフランスの料理はかっこいいなあ!」と思いながら短い睡眠をとり、翌日フランス帰りの先輩達に時間を見つけては、フランスのレストラン事情や素材、調理法について質問ばかりしていました。まだミシュランもゴーエミヨも見たことがない初心者で何も知識が無い当時の私の日常でした。あー懐かしい。
プロの料理とマダムに教わる家庭料理から思うこと
私が働いたフランスのレストランでは仕事として「Gâteau de foie de volaille」を扱ったことは無かったのですが、ロワール地方のお店にいた時にペルソネル(賄い)でシェフのお母さまが教えてくれたことがありました。どこかのページで書いたかもしれませんが真っ赤なエプロンを付けた大柄で金髪のマダムがそこそこ忙しいデジュネ(ランチ営業)の後、おもむろにキッチンにやってきて「昔のフランス料理を教えてあげるわ。」と。マダムは私がよく家庭向けの料理雑誌を持ち歩いている(村のTABAC(※1)で買って手の空いた時間にフランス人の同僚にいろいろ料理について聞くため)のを知っていて、折に触れて親切に家庭料理を教えてくれる方でした。でも私もそう暇ではないので「えっ!今っすか?」って心の中で思うこともしばしば。とは言っても外国人の私に親身になってレストランのプロの料理では学ぶことができないフランスの日常の家庭料理を教えてくれるので、とても有難く、そしていつも楽しかったのを覚えています。その時の「Gâteau de foie de volaille」は鶏レバーと卵と生クリームだけのシンプルな配合の生地で、小さいテリーヌ型で焼き上げていました。あっ!その時のソースはフィーヌ・ゼルブ(fines herbes:ハーブ類)のアッシェ(細かく刻んだもの)を沢山加えて軽く煮込んだトマトソースでした。何でプロのように美味しい料理が作れるのだろう?とその時は考えましたが」、時間が経つにつれて「フランス人は幼い時からフランス料理を食べているのだからそれが当たり前か。」と思うようになりました。調理場で一番下のアプランティ(見習い)の仕事を見ていても、まだ14,15歳なのに味付けの判断だけは早いんです。技術的なものは経験が少なくまだ全然なのですが...。ベースが「凄い」んです。
折角なので、ここから少し私の若い頃のお話を...。
忘れられない大先輩との思い出
先日、自宅のデスク周りを整理していたときに、もうお亡くなりになってしまったのですが私が25~26歳の修業時代に大変お世話になった大先輩が数十年前のまだお元気な時にネットにアップされていた手記をいつか読もうと思い、プリントアウトだけしていたものが出てきました。その先輩(お名前は伏せます)は調理師学校卒業時にトップの成績を収めた生徒に与えられるフェルナンポワン賞を受賞した方で、まさに№1エリート。その後名門ホテルやレストランで国内修業をしてから渡仏し、三つ星・二つ星レストランを渡り歩き、最後は超有名フランス人シェフの日本出店計画のシェフに抜擢されたような「凄腕」でした。残念なことにこの計画は流れてしまったため、私が直属の先輩に連れられて入社していた横浜の大型店に総料理長のフランス時代の知人としてオープニングから1年間働いていただき、熱血指導をして下さいました。そのオープニング時の私のポジションはコミ・ソーシエ(※2)でした。ソーシエとは文字通りソースを作るポジションです。そのお店ではソーシエは魚料理以外のソース全般、肉料理全般と温製野菜料理、スチコンを使う調理、グリヤードを使う調理、パーティーの肉料理を担当していて常に大忙しです。私の上に3つ上のフランス帰りのシェフ・ソーシエの先輩(サービス中はずーとフランス語)、下には調理師学校を出たばかりの1年生、対面のポワソニエには、やはり3つ上のフランス帰りの先輩(この人もサービス中はずーとフランス語)とこれまた優秀な直属の先輩とイタリアン出身の3つ下の若手。サービス中はまさに戦争でプラック(※3)には数えきれないほどの大小様々な鍋が並び、私はひっきりなしに手を動かして調理している状態。中堅のポジションなので肉を焼いたりソースを作る作業の他に後輩のガルニチュールを仕上げるサポートと大忙しです。
いじめ?!しごかれた修行時代と先輩の優しさ
シェフがオーダーを読み上げ(もちろんフランス語)、フィニッシュの料理の盛り付けはシェフ・ソーシエの先輩とその「凄腕」の先輩が担当。調理したそれぞれの鍋をタイミングよくその二人に送るのが私の重要任務です。ひとたび肉の焼き加減、ソースの出来栄え、ガルニチュールの仕上がりにミスが発覚しようものなら、容赦なく熱々の鍋が私目掛けて飛んできます。同時に罵声の嵐(これもフランス語)です。何を言っているのかその時はさっぱり解らなかったけれど怒られているのは確か。すぐやり直しです。時代を感じます。その私に鍋を投げつけていたのが前出のエリートの「凄腕」の先輩です。その他にも鍋をつかんで調理している私のお尻を思いっ切り回し蹴り(もちろん私のミスへの制裁)してきたことありました。いじめかなと感じたときもしばしばでしたが、サービスが終わると毎日のように私の好奇心や無知からくる些細な料理の質問にも詳しく丁寧に答えていただいたり、どこかで書きましたが、新メニューのガルニチュールのほうれん草の分量に悩んでいた時にフランスの三ツ星レストラン3件に国際電話をして、それぞれお店のガルニチュールのほうれん草の分量を聞いてその平均を出して指示してくれたり、仕事終わりの居酒屋でフランス修業の話を面白おかしく聞かせてくれたり、〆のラーメンまでずーと真正面で若造の質問・疑問を受け止めてくれた、サービス中とはまるで別人のような優しく豪快な先輩でした。
話は戻りますが、その「凄腕」の先輩の長文の手記に「総勢24名のスタッフのうち、やたらとフランス料理の質問をしてくるのは1年間でたった4人だけだった。」との一文を見つけました。昔を思い出しちょっと涙が出ました。その4人の中に私が含まれていたのかは今となっては分かりませんが......。(シェフM.T)
※1 TABAC・・・・・・たばこを中心に取り扱う小さな商店。新聞、雑誌、宝くじ、切手、軽食、飲み物なども販売している。またカフェと併設されていることが多い。
※2 コミ・ソーシエ(commis saucier)・・・・・・フランス料理の厨房でソース作りを担当する見習い料理人のこと。ソースはフランス料理の重要な要素であり、ソーシエ(saucier)はその部門の責任者。コミ・ソーシエはソーシエの指導のもと、ソースの仕込みや管理を学ぶ。
※3 プラック‥‥フレンチトップオーブンまたはヒートトップレンジ呼ばれる天面が鉄板になったガス台のこと。
~ 第2章 ~
ワインの話
長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)さん
(俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ)
いつもコラムをご覧の皆さま、俺のフレンチ グランメゾンの長谷川 純一です。
改めまして今年度もよろしくお願い致します。前回の「心躍るピルピルのコラム」はお楽しみ頂けましたでしょうか?
コラムを書いていたらどうしても現地に行きたくなってしまい、様々なご縁が繋がり今年の6月にバスクに行くことになりました。人の想いが宿った一皿の料理と一杯のワインは無限の可能性を秘めています。これからもその可能性を引き出せるようなコラムが書けるようにもっと学んでいきたいと改めて感じる今日この頃です。
さて、春になりましたが今年は「寒暖差」が激しいですね。寒暖差は我々人間にとっては体調を崩しやすく厳しい環境ですが、ブドウにはとってはとても良いことで「色付き(ヴェレゾン)」が良くなり、「酸が豊かになる」ので良いブドウができます。そして美味しいワインができる♬ そんな美味しいワインは生命力に溢れていて飲むと我々も元気になれますよね? 今回はそんな元気になれるワインを、ワインのパートナー「フォワ・ド・ヴォライユ」にフォーカスしてご紹介致します。
シェフのコラムを拝読して、シェフ自身の失敗や苦労を含んだ素敵なエピソードが溢れていてとても感銘を受けました。私も駆け出しの当初は本当に面白いくらいに、これでもかというくらいに怒られて育ってきました。そして同時に、もちろん成長したら褒めてもらえるという素晴らしい環境にありましたので、アメとムチ、人間にとって必要な寒暖差でしょうか?(笑)
私が当時怒られて物凄く落ち込んでいるときに師匠のソムリエがこれを飲んで元気出せと差し出してくれた一杯は「ソーテルヌ(貴腐ワイン)」でした。その時の心にまで染み渡る味わいは今でも忘れませんが、その銘柄が「シャトー・ディケム」であったことを後で知り、人生において忘れられないワインになりました。そこから派生して甘口のワインの可能性を探っているときに「レバームース」という料理のパートナーに出会いました。まさに今回のシェフの「ガトー・ド・フォワ・ド・ヴォライユ」を見たときに数々の甘美な味わいのワインが思い浮かびましたが今回はフランスの心を癒すワインたちをご紹介致します。
◆ロワール地方 ~3大甘口ワイン~
① コトー・デュ・レイヨン ②カール・ド・ショーム ③ボンヌゾー
ロワール地方の甘口のワインは「シュナンブラン」というブドウを使って造られることが多いですが、シュナンブランからできるワインは全ての味覚を刺激してくれる万能選手です。ロワール地方の甘口ワインは日本の梅にも通じる風味があり、酸味も豊かなので心をリフレッシュしたい時にオススメです。
◆アルザス地方 ~2つの甘口ワイン~
① ヴァンダンジュ・タルディヴ ②セレクション・グラン・ノーブル
大阪万博でも盛り上がるフランスの産地アルザスからは、ヴァンダンジュ・タルディヴ(遅摘み)にして糖度を高めたワイン、セレクション・グラン・ノーブル(厳選された高貴なブドウ)いわゆる貴腐ワインがあります。今回のシェフのナンチュアソースを使用したフォワ・ド・ヴォライユにはアルザスが誇るゲヴルツトラミネール、香辛料という意味を持つ華やかなワインが甲殻類の香りを更に豊かにし、フォワ・ド・ヴォライユの味わいの輪郭をはっきりとさせてくれるため個人的にはこの一皿には最高にオススメの1杯です。
◆コート・デュ・ローヌ地方 ~フードフレンドリーな甘口ワイン~
「ミュスカ・ド・ヴォーム・ド・ヴニーズ」その名の通りブドウの香りがする甘口のワイン。ワインはブドウから造られているのに、殆どのワインがブドウの香りがしないので不思議ですよね? こちらはミュスカという品種から造られるブドウの香りが楽しめつつ、この地方ならではのスパイシーさもある甘口ワイン。レバームースにちょっと胡椒を効かせて合わせたらもう止まりません!
◆南西地方 ~美食のゆりかごの甘口ワイン~
① モンバジヤック ②パシュラン・ド・ヴィク・ヴィル
甘口ワインがあるところには美味しい「フォワグラ」がある!ということで、美食の地である南西地方からは俺のフレンチでも愛用のコストパフォーマンス抜群の甘口ワインが存在します。ボリューム感と親近感が魅力ですが、「トリュフ」の銘産地でもありますので、今回のシェフのトリュフの誘惑を添えたラグジュアリーなフォワ・ド・ヴォライユとも相性は抜群です!
◆ソーテルヌ ~究極の貴腐ワイン~
① ソーテルヌ ②バルサック
ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ、ハンガリーのトカイ・アスーと共に世界三大貴腐ワインに君臨する「ソーテルヌ」。1本のブドウの樹から1杯のグラスワインしか生まれないその希少性と、甘美な味わいに世界中のワインラバーが魅了されます。
物凄く良いことがあったとき、物凄く落ち込んだとき、きっと人生を豊かに支えてくる1杯になることでしょう!
以上、シェフの愛情たっぷりの「ガトー・ド・フォワ・ド・ヴォライユ」に寄り添うワインコラムでした。ちょっと今回は横文字多めでしたが、何か一つでも皆さまの心を癒す一杯が見つかる手がかりになってくれたら幸いです。
寄稿者:メートル・ド・セルヴィスの会 長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)
俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ
メートル・ド・セルヴィスの会 幹事
第7回 JALUX WINE AWARD 準優勝
第6回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
第16回メートル・ド・セルヴィス杯 全日本大会 優勝
第6回 CGB世界サーヴィスコンクール パリ大会 準優勝
ワイン塾はせがわ 代表、チーズプロフェッショナル、シャンパーニュ騎士団オフィシエ
シュバリエ・デュ・タストフロマージュ、メートル・ド・カナルディエ 他
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