
レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
バスク地方の「バカラオのピルピル」をご紹介します。バカラオ(塩漬けして干した鱈)を使用します。塩抜きに一日から一日半程かかりますが、調理はシンプル。短時間で出来上がるのも魅力の料理です。さらに、一度干した鱈は生鱈より弾力性が増し、旨味もUPしていて、想像を超える美味しさです。食料をただ保存するだけでなく、違った美味しさも引き出してしまうとは!人々の生活の知恵ですね。一方で、バカラオはカトリックの文化圏で良く食べられます。これは謝肉祭(マルディグラ)の翌日から復活祭までの(日曜日を除く)40日間の四旬節の最後の一週間や、キリストが十字架に架かった聖金曜日には鳥獣を食べない習慣により、バカラオがこの時の象徴的な食べ物となりました。因みに2025年のマルディグラは3月4日、復活祭は4月20日です。この期間に合わせて作ってみるのも良いかもしれません。
そして!後半はお馴染み、メートルドセルヴィスの会の長谷川さんによる「楽しめる&学べる&日常で使える!」コラムです。「チャコリ」というバスク地方を代表するワインはご存知でしょうか?現地の友人から取り寄せていただいたピンチョスの写真にもご注目ください。今年はバスク地方ツアーも
企画開催されるという長谷川さん。これを読んでいると行きたくなりますね~。どうぞ最後までお楽しみください。
~ 第1章 ~
レシピの話

<材料>(4人前)
- バカラオ(干し鱈4切れ):400g
- ニンニク(エマンセ※1):6片
- 鷹の爪(4等分):1本
- EXVオリーブオイル:200ml
- ジャガイモ(エマンセ):4個
- あさり(砂出ししたもの):200g
- パセリ(アシェ※2):適量
作り方
- 大きさによるが、バカラオは3~4回程水を換えながら24~36時間かけて塩抜きする。
- 鍋にオリーブオイルとニンニクと鷹の爪を入れ、弱火で香りを出すように加熱する。
- 香りが出てきたら、ニンニクと鷹の爪を取り出す。(焦がさないように注意する)
- 1のバカラオとあさりを鍋に入れ、鍋を回しながら火を入れていく。
- 火が入った順に材料を鍋から取り出し、ハンドミキサーや泡立て器で鍋内の液体を乳化させる。
- 乳化したソースの濃度(オリーブオイルを足して調節)と味を整え、パセリを加える。
- 蒸したジャガイモのエマンセ、バカラオ、あさりを器に盛り付け、3のニンニク、鷹の爪を添え、ソースをかける。
<フランス料理用語注釈>
※1・・・・・・エマンセ(émincer)薄くスライスする
※2・・・・・・アシェ(hacher) 細かく刻む

▲塩抜き前のバカラオ

▲塩抜き後のバカラオを1人前に切り分けたもの
レシピの説明&エピソード
2025年、新年最初の「レシピの話」はバスク地方の「バカラオ(塩漬け干し鱈)のピルピル」です。おそらくこの料理名を聞いてピンとくる方と、???の方の二つに分かれるのではないでしょうか。フランス料理としては少々マニアックな部類に入る料理かもしれませんね。スペインではとてもメジャーな料理(私の肌感で)なのですが、フランスのバスクというちょっぴり特殊な土地柄からか、はたまたシンプルすぎる調理法だからなのか、フランス料理を勉強している料理人でもこの料理名を知らなかったという方がまあまあいらっしゃいます。恥ずかしながら私もスペインで働くまでは勉強不足で知りませんでした。
特徴的な「ピルピル」という料理名ですが、オリーブオイルでバカラオを調理している時に出る音からきているそうです。私には「パチパチ」とか「プチプチ」にしか聞こえないのですが、国によって違うものなのですね。
前後してしまいましたが、「バスク」はシンプルにいうとフランス・ピレネーの一部とスペインの北側にまたがり、独自の言語と文化を持つ人々が住んでいて、海の幸と山の幸の両方に恵まれた地域です。歴史はとても複雑でここでは書ききれないほどのボリュームなので今回は省略させていただきます。▲バスク地方はフランスとスペインにまたがる。下図右上三つの地域がフランスに属する(Wikipedia Basque Countryより)
現在の人口比率はスペイン側が約90%でフランス側は約10%ということです。ちなみに約500年前に日本でキリスト教を布教した、歴史の教科書の絵でおなじみのフランシスコ・ザビエルもバスク出身だそうです。豆知識でした。近年ではスペイン側がミシュランの三ツ星が複数点在する美食の地としても広く知られています。
さてバスク料理といえば「Poulet basquaise(プーレ・バスケーズ)」、「Piperade(ピペラード)」、「Gâteau basque(ガトー・バスク)」などが有名ですよね。
そしてここ数年、日本で人気が爆上がりの、「バスクチーズケーキ」。私も大好きなお菓子なのですが、この「バスクチーズケーキ」という呼び名は日本独自のもので、現地では通じません。スペインでは一般的に「Tarta de queso(タルタ・デ・ケソ)」 と呼ばれている様々なチーズケーキのなかで、バスクのあるお店が作っていたレシピを取り入れて、日本の会社が広めたと聞いています。
余談になりますが、フランスで働きだした当初、スーパーで買物をしているときに上面が真っ黒に焼け焦げたっぽい丸いケーキらしい「写真」が印刷された紙で包装されている商品を見てびっくりしたことがあります。失敗? それを買って中から出したらケーキの上面が本当に真っ黒。中は綺麗なチーズケーキの色をしていました。翌日、同僚に聞いたらフランス西部ポワティエ地方の伝統的なチーズケーキで、とてもポピュラーな「Tourteau fromagé(トゥルトウ フロマジェ)」というお菓子だということを知りました。普通にスーパーで売られていて、フランス人なら誰もが知っている一般的なお菓子だったのです。まあまあの大きさだったので一回では無理で二日に分けて食べました。もちろん美味しかったです。

▲トゥルトウ フロマージェ 写真 by Thomon
▲市場で売られているバカラオの様子(写真提供:長谷川純一さん)
話が逸れました。すいません。本題に戻します。今回の主役「バカラオ」は「鱈の塩漬けを干した物」でいわゆる保存食材です。鱈といえば我々日本人には馴染み深い和食の「鱈の甘塩漬け」や「鱈の西京漬け」と同じように、いやそれ以上に古くからバスク地方をはじめとした南ヨーロッパや中南米諸国、そして鱈の捕獲地の北欧を中心にその土地の食文化に深く根ざし、人々にとってはなくてはならない食材として今も愛されています。
そういえばスペイン(カンタブリア地方)の市場に初めて買出しに行ったとき、砕いた氷の上に生の魚介がずらっと綺麗に並べられていた魚屋さんの隣にバララオ専門店があり、カチカチのバカラオが何列にも積まれて並んでいるのを見て、これはここでは特別な食材なんだろうなと感じたことを憶えています。フランスのレストランではそれまで扱ったことがなかったもので、より印象的でした。
今回のレシピは、私がスペインで実際に作っていた調理方法と食材の組み合わせで紹介させていただきました。実際は素焼きの鍋をぐるぐる両手で回しながらソースを乳化させつつバカラオに火を入れていくそうなのですが、リアルな調理場ではなかなか難しいので、今回の調理方法を取らせていただきました。(シェフM.T)

▲切るとこんな感じ。もっちり弾力性のある身に旨味が凝縮
~ 第2章 ~
ワインの話
長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)さん
(俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ)
いつもコラムをご覧の皆さま、俺のフレンチ グランメゾンの長谷川 純一です。
改めまして本年もよろしくお願い致します。今年も読者の皆さまにとって「楽しめる&学べる&日常で使える!」をテーマに執筆をしていきます。新年の最初は皆さまも初詣などでお祈りをする機会も多いと思いますが、美味しいものに触れることができるって当たり前ではないのだ、という初心と共に、飲食人として改めて食材やワインをはじめ我々の心を満たしてくれるエレメントに感謝をしたいと思います。
さて、新年の最初のお料理は世界的にも名高い美食の地、バスク地方の郷土料理「ピルピル!」。名前が可愛くて思わずお客様に積極的に説明したくなってしまいますので、バスクの人達のお人柄のように、その味わいと共に「親近感」が湧いてきます。
偶然ではありますが、新年最初の私のワイン講座のテーマは「バスク地方のワインと食」に特化したセミナーを開催し、レストランでも日本航空さんと共に「旅するメーカーズディナー」と題し、スペインと親交の深い三重県志摩市をフォーカスしてイベントを開催致しましたので、熱々の情報を皆様にお届け致します。
バスク地方について
バスク地方はスペインの国旗とは違う、緑と赤と白のバスクの国旗があります。その旗は「イクリニャ」と呼ばれていて、「ikur=しるし」を表すバスク語が由来になっています。
赤はバスク人、白はカトリック信仰、緑はゲルニカの木を表しているんだそうです。シェフのコラムにもございますが、バスクはスペインとフランスの国境にまたがる産地。現地の言葉で「Euskal Herria(エウスカル・エリア)=バスク語を話す人々の土地」という意味があります。スペイン側はバスク州の3つの県(ギプスコア、ビスカヤ、アラバ)とナバーラ県、フランス側はラブール、バス・ナヴァール、スールの合計7領域で構成されていて、個性豊かな食文化が育まれています。

▲バスクの国旗 赤はバスク人、白はカトリック信仰、緑はゲルニカの木を表わしている
バスク地方のワイン
さてさて、バスク地方のワインといえばやはり「チャコリ」。現地では「チャコリン」と呼ばれ、これもまた可愛いい響きです。「ピルピル」という名前がついたチャコリワインがあるくらいに「チャコリ」と「ピルピル」はもちろん抜群の相性!
チャコリは生産量の9割以上が白ワインで、もともとは農家さんの自家消費用のワインでした。チャコリの語源には諸説ありますが、「酸味が豊かでヴィネガーのような」という意味合いでチャコリそのもののイメージに繋がる由来と、もう一つは「ご自分の家庭で飲み切れる量」というような意味合いがあります。バスクの人達は日本でいう「はしご」のように、1日にいくつもの飲食店をまわるので、ビールやワインも毎回飲み切れるサイズで注文するという習慣も、もしかしたらチャコリの言葉の由来に通じているのかもしれません。
あと皆さまもチャコリというと高い位置からたっぷりと空気に触れるように注ぎコップで飲む「エスカンシア」という飲み方のイメージがあると思います。強いワインの酸味を和らげる目的でこの飲み方が定着しておりますが、実はこの飲み方をするのは観光地としても大変有名な「サン・セバスティアン」があるギプスコア県のみで、全てのチャコリがこの飲み方をするわけではありません。
もしバスクに訪れる機会があったら覚えておいた方が良さそうですね!現在は、意欲のある生産者たちが熟成したチャコリや、ロゼ、スパークリング、オレンジワインにチャレンジをしており、素晴らしいチャコリが生産されています。地球温暖化が進む中で冷涼ワイン産地であるチャコリはこれから益々注目されてきそうですね!
▲資料提供:長谷川純一さん

▲ビスケー湾に面したサン・セバスティアンはスペインでも有数の観光地の1つ。フランスの国境から20㎞の所にある Photo@Chrisjackson
チャコリのブドウ品種と原産地呼称について
涼しい産地ですが私のコラムは熱く(笑) チャコリのブドウ品種にも迫りましょう!
チャコリで使用されるブドウは、「オンダラビ・スリ」という白ブドウが8割を占めます。因みに黒ブドウは「オンダラビ・ベルツァ」と呼ばれ呪文のような響きですが、その他にもいくつかの亜種が存在します。
またチャコリの原産地呼称D.O.は現在3つ存在し、
- ゲタリアコ・チャコリーナ
- ビスカイコ・チャコリーナ
- アラバコ・チャコリーナ
それぞれの産地で、それぞれの生産者が個性を出し合いながら、自分たちの成功体験を楽しくシェアし合っているので、ここ20年でテーブルワインからガストロノミーなワインへと最も進化したワイン産地とも呼ばれています。
乳化度に合わせるチャコリの楽しみ方
今回シェフが用意してくれた「バカラオのピルピル」ですが、あさり(アルメハス)が添えてあり更に美味しそうですね!ペアリングの分析としてはオリーブオイルに溶け込んだ鱈の旨味とゼラチン質、そこにガーリックの香りの誘惑とコハク酸と海のミネラル含むアルメハスのコンビネーション。爽やかな海沿いのチャコリも良いですが、少し内陸の土のニュアンスも楽しめるチャコリや、熟成して成熟度の高いチャコリもオススメです。
私自身も鱈のゼラチンが溶け込んだオリーブオイルの乳化に挑戦してみたのですが、これがまた中々に難しくて、苦闘の末にようやく形になりました。やっぱり料理人さんは凄いなと改めて感じた一瞬。乳化の度合いによって合わせるワインも変化していけるのがピルピルのペアリングの楽しみ方の真髄だと思います。皆様も大好きなシェフのピルピルに合わせる一期一会のワインを是非、この機会に選んでみてはいかがでしょうか?
今年も皆さまにとって素晴らしいヴィンテージになりますように。
Eskerrik Asko
エスケリカスコ
(バスク語でありがとうの意)

▲現地のピンチョス。種類も豊富! 握り寿司も(写真提供:長谷川純一さん)
寄稿者:メートル・ド・セルヴィスの会 長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)
俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ
メートル・ド・セルヴィスの会 幹事
第7回 JALUX WINE AWARD 準優勝
第6回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
第16回メートル・ド・セルヴィス杯 全日本大会 優勝
第6回 CGB世界サーヴィスコンクール パリ大会 準優勝
ワイン塾はせがわ 代表、チーズプロフェッショナル、シャンパーニュ騎士団オフィシエ
シュバリエ・デュ・タストフロマージュ、メートル・ド・カナルディエ 他
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