レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
「仔羊のナヴァラン」をご紹介します。たっぷりの野菜と共に、柔らかく煮込まれた仔羊肉が魅力のレシピ。もう一つ注目いただきたいのはカブ(Navet)です。大きめにカットされたカブにたっぷり味が染み込み、口に入れた瞬間にカブの汁気と共に旨味が溶けるように口中に広がります(おでんの大根のようなイメージ?!)。ナヴァランの名前の由来がカブ「Navet」から来ているという説を今回知りましたが、納得の美味しさです。シェフはナヴァランをクスクスにかけて食べるのがお好みだそう。バゲットも良いですが、これも美味しそうですね。シェフエピソードではパリでの食べ物にまつわる思い出やパリオリンピックの食事情について、また後半の「ワインの話」は日本を代表するメートル・ド・テルの長谷川純一さん(メートル・ド・セルヴィスの会)の登場です。旬をテーマに四季毎に「ナヴァラン」に合わせるワインをご提案いただきました。長谷川さんにとってのナヴァランは名パートナーであるシェフとの特別なストーリーがあったのですね。どうぞ最後までお楽しみください。
~ 第1章 ~
レシピの話
<材料>(4人前)
- 仔羊肩肉:1200g
- 塩・胡椒・砂糖:適量
- オリーブオイル:適量
- バター:20g
- ニンニク(エマンセ※1):30g
- タマネギ(アシェ※2):180g
- 薄力粉:35g
- トマト(コンカッセ※3):500g
- トマトコンサントレ(トマトペースト):20g
- <A>
- 水:1300ml
- 白ワイン:200ml
- ブーケガルニ:1束
- <B>
- ジャガイモ(乱切り):500g
- ニンジン(乱切り):300g
- カブ(半切り):500g
- <C>
- さやいんげん:100g
- グリーンピース:50g
- パセリ:適量
作り方
- 仔羊肩肉を掃除し、60~70gのひと口大にカットし、塩・胡椒・砂糖をふる。
- 鍋を熱し、オリーブ油を入れ、1をしっかりとリソレ※4する。
- 鍋から肉を取り出し、バターを溶かし、アシェしたニンニク・タマネギを加えてよく炒める。
- 肉を鍋に戻し、サンジェ※5し、トマト・トマトコンサントレを加えよく炒める。
- <A>を加え、味を整え、蓋をしてオーブンで約1時間、肉が柔らかくなるまで火を入れる。
スチコンの場合(コンビモード・蒸気量100%・190℃・1時間) - 鍋をオーブンから取り出し、味を確認して<B>を加え、再び蓋をしてオーブンで約30分火を入れる。
スチコンの場合(コンビモード・蒸気量100%・190℃・30分) - <C>をブランシールする。
スチコンの場合(スチームモード・蒸気量100%・100℃・5分) - 6の鍋に7を加え、パセリをふる。
<フランス料理用語注釈>
※1・・・・・・エマンセ(émincer)薄くスライスする
※2・・・・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
※3・・・・・・コンカッセ(concassetr)粗く砕く、粗く切る(刻む)
※4・・・・・・リソレ(rissoler)肉の表面を強火で熱した油脂で焼き色をつける
※5・・・・・・サンジェ(singer)(煮込み料理などに濃度をつけるために)小麦粉をふり入れる
レシピの説明&エピソード
2024年、連日35℃を超える猛暑の8月、パリ・オリンピックの前半戦のメダルラッシュの中、この原稿を書いています。連日各競技で熱戦が繰り広げられ、夜遅くまでのテレビ観戦ですっかり寝不足になりました。特に前半は「柔道」があるので経験者としてはどうしても熱くなって見入ってしまいます。今回はちょうどこのパリを中心とするイル・ド・フランスの料理「Navarin/ナヴァラン」がテーマですので、パリの街に思いを馳せながら綴ってまいります。
ナヴァランの名前の由来
「Navarin d'agneau printanier / ナヴァラン・ダニョー・プランタニエール」。これが正式な料理名です。そうなんです「ナヴァラン」は実は春の煮込み料理なのです。春に美味しくなる「Agneau / アニョー(仔羊)」と「Navet / ナヴェ(蕪)」との組み合わせで「ナヴァラン」という料理名になったという説があります。(料理書によっては蕪が入らなくても「ナヴァラン」と表記しているものもあります。)
フランスでは羊肉の煮込み料理が古くから食べられていて、「Halicot de mouton / アリコ・ドゥ・ムトン(羊のアリコ)」という羊とタマネギ・ジャガイモ・蕪・いんげん豆などと煮込んだ料理がありました。「Halicot」は古いフランス語「Halicoter(細断する)」からきている語なのですが、「Haricot(いんげん豆)」と発音が似ているので訛って「Haricot de mouton」と次第になっていったそうです。この「アリコ」が19世紀後半の料理書改訂版『La cuisinière de la campagne et la ville(1830年代初刊)』に「アリコの現在の新しい名前はナヴァランである。」との一文があり、どうやらこのあたりから「ナヴァラン」が一般的な料理名になってきたのかもしれません。
今日でも「ナヴァラン」はビストロや家庭で愛されているポピュラーな料理です。比較的価格が安い仔羊の肩肉等を使い、じっくり肉が柔らかくなるまで煮込みます。バゲットと共に食べるのもよいのですが、私は若い時からクスクスに「ナヴァラン」をかけて食べるのが贅沢すぎるのですが、大好きでした。ペルソネール(賄い)でもよくリクエストしましたし。
魅惑のクスクス
クスクスといえばフランス滞在時のことですが、地方からパリに上がる度によくクリニャンクールの蚤の市を覗きに行っていました。そしてその帰り道には必ずクスクスのレストランに寄り、一番安い(常に金欠でしたので・・・)ムニュ(メニュー)を食べるのを楽しみにしていました。何せ私が働いていた各地方の田舎にはクスクスを食べられるようなお店がなかなかなかったので、どうしても食べたい場合は近くの(と言ってもバスで1時間とか)大きな街に出るか、パリに上がった時でしか機会がなかったのです。なので当時の私の認識は「パリに行けば何でもある。」。
記憶が曖昧なのですが、その一番安いクスクスのムニュが確か50フラン(1000円)くらいだったと思います。マクドナルやクイック(ベルギー発祥のハンバーガーのファーストフード店)の安いセットメニューが30フラン(約600円)でしたからその時分の私にはちょっとした贅沢でした。約倍ですから。
一人前で優に二皿分はあるでだろう干しぶどうが無造作に載せられたたっぷりのクスクスに大胆にカットされた人参・ズッキーニと少しの羊肉片が入ったトマト風味の美味しいスープをかけて、アリッサ(下部写真注釈参照)を少しだけのっけて食べる。日本のカレーライスの食べ方とほぼ一緒なのですが、それとはまたひと味もふた味も違う遠い異国の乾いた雰囲気と味わい。安くて、旨くて、お腹もいっぱいになります。フランス時代はお腹をいっぱいにすることがほぼなかったので、その時ばかりは至福の時、まさに天国でした。そんな経験があるので今でもクスクスが大好きなのです。
▲日本人にとってはカレーに近い感覚?のクスクス。アリッサという唐辛子ペーストの調味料を好みで加えて食べる。
▲アリッサはチュニジアを中心に使われる調味料。手作りする店も。クスクスの他、タジン鍋やケバブにも用いられる
パリの楽しみと忘れられない味
以前「鴨のモンモランシー風」の頁でも少し書きましたが、パリのお話を少し。私にとってパリは華やかな大都会で、歴史を感じるもののとても近代的で、そして街ゆく人々は男性も女性も美しくおしゃれで、意外に緑豊かで公園が多くて、春夏の季節は花の都と言われる通り至る所に花・花・花という印象です。日本人と比較にならないくらいフランスの人々は花が大好きらしく、パリはもちろんのこと地方でも街中や村中をそれはそれは綺麗に花でデコレーションしていました。もちろんレストランの客席も外観も豪華に花だらけ。地方のオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)ではたいてい専属の庭師がいるので外の植物は彼らが入念に手入れをしていました。料理に使うエルブ(ハーブ)の畑も彼らが見てくれたりしたので、たまにちょっとしたお手伝い(芝刈りや簡単な剪定)をしたことを憶えています。
パリの話に戻ります。花の都は美食の国フランスの首都らしく美味しいものが沢山あります。オルセー美術館で大好きなルノワール・マネ・ドガ・ゴッホ・ロートレック・ルソーらの印象派を中心に近代の作品をゆっくり鑑賞してから、オランジュリー美術館のモネの「睡蓮」を見に行く途中に散歩をしながら(すぐ着くのですが)セーヌの川岸でかじるバゲットに生ハムやブリーを挟んだフランス風のサンドイッチ(慣れないと顎が少し疲れますが)、ちなみのそこからルーブルに向かうのがいつものパターンでした。
そして地方に帰る時、鉄道の駅構内の何でもないカフェで頬張る普通のクロワッサンやコーヒー、一般にどこでも売っているパンオショコラやパンオレザン、公園のベンチに座っておやつに食べた日本のイメージよりもでかいエクレアやレモンのタルト、パリ中をメトロにも乗らず歩きまわり、疲れ果てて夕食代わりにサンドニで食べた刺激的に辛いスパイシーソースとこれでもか、と山盛りの野菜とフライドポテトを詰め込んだケバブ。
凍えそうな寒い冬に耐えられずに偶然飛び込んだブラッスリーで食べて、命を救われた思いの熱々のオニオングラタンスープ、バターと砂糖だけをふって焼いた一番安いクレープ、夢にまで見た愛しのアンジェリーナのモンブラン、嬉しくて目をウルウルしながら食べた北海道(※パリにある店名)の麻婆豆腐丼などなど枚挙にいとまがないほどです。
もちろん今の日本ではこれらのほとんどがパリと同じように食べることができますが、90年代半ば当時の私はこれらを口にする度に異国の地で確実に今、生きているんだという実感と美味しい物を食べられたという感動、そして涙、涙の連続でした。「やっぱパリってまじですっげーなぁ!」。・・・でも缶コーヒーはありませんでしたけど・・・。
パリオリンピックと食問題
そんなパリですが、残念ながら今回のオリンピックでは開催中から選手村の食事について量にも味にもいろいろ問題があると選手たちが声を上げていました。連続出場選手などはどうしても前回の東京オリンピックと比べてしまうのでしょうね。コロナ禍とはいえ、東京オリンピックの選手村の料理は大評判でしたから。フルーツやパンはもちろんのことピザやパスタやハラール料理、ベジタ>リアン料理の充実、「ワールド」、「アジア」、「日本」などに分かれた世界の料理コーナー、選手がトッピングをあれこれ楽しめるラーメンコーナー等々。担当した日本の料理人や関係者の皆さんの仕事は本当に素晴らしかった。いつまでもオリンピック史に残り、語り継がれるほどの誇らしい偉業だと思います。
一方、グルメ大国フランスとしてはミシュランスターシェフがメニュー作りに協力したり、食の未来を見据えた取り組みが注目されました。持続可能で環境に配慮し、地産地消と提供する食事の50%を植物性由来の食品にするなど・・・です。結果としては、アスリートにはたんぱく質が足りないなど不満が爆発。卵700㎏や肉1トンが早急に追加納品されるなどの対応がニュースになっていました。選手ファーストで今回の「ナヴァラン」のような一般のフランスの人々が日常的に食べている安くて美味しくて栄養満点なスタンダードな「フランス料理」を主体にしっかり調理して出していれば、世界中から集まったアスリートたちも東京オリンピックと同じように十分に満足してくれたでしょうに・・・。だって「やっぱパリってまじですっげーなぁ!」なのですから。
高級食材を使って現代的に、クリエイティブに、そして美しく盛り付けられた著名なシェフの料理ももちろん世界に誇るフランス料理ですし、このサイトで紹介している各地方に根付き、長年変わらず食されている様々な料理も間違いなく多くの人々に深く愛され続けているフランス料理です。外国人の私にとってはどちらもとても魅力的ですし、どちらも勉強しなくてはいけません。そして学べば学ぶほどもっともっと知識を増やしたいという欲求と少しでも技術も向上させなくてはと思う今日この頃です。(シェフM.T)
~ 第2章 ~
ワインの話
長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)さん
(俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ)
コラムをご愛読の皆様、いつもご覧いただきありがとうございます。俺のフレンチ グランメゾンの長谷川純一です。今年は予想もしておりましたが残暑も厳しく、食欲の秋、芸術の秋、旅行の秋が本当に待ち遠しい日々でした。肌に感じる空気が少しずつ涼しさを帯びるに連れて、レストランの顔であるメニューや、お客様の表情も変わってきているのではないでしょうか?
「旬」から考えるナヴァランとワイン
日本の素晴らしい食文化を語る上で欠かせない「旬」。今日はこの旬をテーマにワインを語ってみようと思います。
さて、今回の料理のテーマは「仔羊のナヴァラン」。イル・ド・フランスを代表するフランスの郷土料理です。私はチーズが大好きなのでイル・ド・フランスと聞くと真っ先に思い浮かべるのはパリの郊外で造られているブリー3兄弟と呼ばれるチーズ達。Brie de Meaux, Brie de Melun, Coulommiersはワインのパートナーには最高のチーズ達で、「白カビ=Fleur」 まさに華のパリを象徴する存在です。そんな美食の地の郷土料理はワイン好きにはたまらない料理に違いありません!
春 ~ Printemps ~
原点の春から始まるナヴァラン、そこから春夏秋冬で皆さまでしたらどんな風にワインを楽しまれるでしょうか?
新しい年を迎えていよいよ新たなチャレンジに展開を始める『春』はナヴァランに使用する仔羊の味わいもミルキーで優しく、お野菜はアスパラガスや山菜など緑のお野菜が活躍します。ワインの中に「緑」を感じるソーヴィニヨンのブドウたち(Cabernet Sauvignon, Cabernet Franc, Sauvignon Blanc)は牧草の風土や春野菜の味わいやフレーバーを引き立ててくれます。
夏 ~ Été ~
次は暑い『夏』、地球温暖化の影響もあり毎年本当に暑くなってきています。暑いと沢山の汗をかいて水分を消費して体力も消耗してしまいます。そんな時に身体を元気づけるのが「辛味」。ナヴァランにと共に楽しむアリッサの辛味はまさに爽快で、ヨーロッパらしい爽やかな辛さを感じます。ここにはキリっと冷やしたシャブリやサンセールなども良いでしょうし、個人的には身体を温めるグラーシュというお料理が有名なオーストリアの「グリューナー・ヴェルトリナー」やパプリカ文化のハンガリーの「ドライ・トカイ」は辛い料理とのマッチングが最高です!
秋 ~ Automne ~
そして待ちに待った『秋』。毎年秋がどんどん短くなっている印象で寂しいですが、牧草の色も黄金色に変化してくるこのシーズン。アロマティックで豊かなワインとナヴァランとの相性はイメージされる方も多いのではないでしょうか?まさに洋梨や紅茶の香りが豊かな「ヴィオニエ」の白ワインや、スパイスが香る「シラー」はそれぞれのワインがナヴァランのアクセントとして存在感を発揮してくれます。
冬 ~ Hiver ~
最後は寒い寒い『冬』。煮込み料理の原点は大きなお鍋で造られたお料理を皆で「分かち合う」こと。心も身体も温かくなる、ナヴァランという料理を通してのレストランでのメッセージはここにあると私は思います。レストランで大事な人とトキを楽しむ。時を楽しむワインといえば「熟成したワイン」でしょう。じっかくと煮込まれたナヴァランは旨味も香りもまろやかで、全ての味覚を楽しませてくれます。熟成したワインも酸味、苦み、甘味が円のように美しく、素晴らしい時間を分かち合うことができるでしょう。
春夏秋冬で楽しむナヴァランの旅、いかがでしたでしょうか?
私とナヴェラン
私はパートナーのシェフが作ってくれる「まかない」のナヴァランが大好きです。いつもたっぷりのクスクスとアリッサ。お客様には出せない端材を上手に利用したSDGsなナヴァランで季節ごとに味わいが変わり旬を感じることができます。飲食人にとって大切なまかないの時間。最後の余談ですが私のサーヴィスのノウハウはまかないの時間で育ちました。先輩たちの好みだったり、使用するスパイスだったり、合わせるワインだったり。若いころに(まだ若いですが(笑))まかないの準備をしているうちに自然とお客様のお好みや求めているものが分かるようになってきました。これからもお客様の食事の時間を大切にできるようにがんばろう!とシェフのナヴァランを食べると感じることができます。
皆様にもきっとそんな素敵なストーリーのあるお料理が存在するのではないでしょうか?
秋の食材がレストランに届いてきました。野生の茸やジビエなど、フレンチの季節がやってきましたね。食卓と共に皆さまの食生活がより豊かになることを心から願っております。
最後までお読みいただきありがとうございました。またお会いしましょう。
寄稿者:メートル・ド・セルヴィスの会 長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)
俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ
メートル・ド・セルヴィスの会 幹事
第7回 JALUX WINE AWARD 準優勝
第6回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
第16回メートル・ド・セルヴィス杯 全日本大会 優勝
第6回 CGB世界サーヴィスコンクール パリ大会 準優勝
チーズプロフェッショナル、ワインプラスカレッジ講師 他
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