レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
フランス南西部オクシタニー地方の郷土菓子「Croustade aux pommes(林檎のクルスタッド)」をご紹介します。パータ・フィロという薄焼き生地を使います。市販品もありますが、今回は自分で作ってみましょう。このお菓子、諸説ありますがガスコーニュの中心都市であった「Auch(オーシュ)」が発祥の地だと言われています。またアキテーヌ地方、ロワール地方でも名前を変えて作られています。今回は「レシピの話」と「ワインの話」を合わせてお届けします。メートル・ド・セルヴィスの会の長谷川さんにご寄稿いただいだ「ワインの話」は梅雨から夏に向けてのぴったりなお話です。ぜひお楽しみください。
~ 第1章 ~
レシピの話
<材料>(4人前)
-
パート・フィロ
- 薄力粉:125g
- 強力粉:125g
- 卵:1/2個
- 水:100ml
- サラダ油:10ml ...
- 溶かしバター:50g
- 砂糖:50g クレーム・ダマンド
- バター:40g(ポマード状※1)
- 砂糖:40g
- 卵:1/2個
- アーモンドプードル:40g ファルス
- リンゴ(サンフジ):1個
- 砂糖:15g
- バター:60g
- アルマニャック:15ml
- 粉糖:適量
- アルマニャック:適量
~ A ~
仕上げ
<フランス料理用語注釈>
※1・・・ポマード(pommad)状 → 常温に戻し、撹拌し、クリーム状になったもの
作り方
-
<パート・フィロ>
- キッチンエイド(スタンド)ミキサーにAの材料を入れ、生地をよく練る。
- 生地を取り出し、サラダ油を表面に塗ってビニール袋に入れ30分以上休ませる。
- 寝かせた生地を打ち粉をした布の上に置き、指と手の平で少しずつ薄く伸ばしていく。直径1m位で、透けるくらいになるまで薄く伸ばす。
- 伸ばした生地に溶かしバターを塗り、全体に砂糖をふる。(乾燥し過ぎに注意) <クレーム・ダマンド>
- バターと砂糖を合わせよく混ぜる。溶いた卵を少し混ぜる。(分離に注意)
- アーモンドプードルを加え、よく混ぜる。 <リンゴ>
- リンゴの皮、種子を取り除きスライスする。
- フライパンでバターを溶かし、7をソテーする。
- 砂糖で甘みを調整し、アルマニャックを加えフランベし、冷ます。 <組み立て・焼成>
- バターを塗った型にパート・フィロを敷き、クレーム・ダマンドとリンゴを詰める。
- 残りのパート・フィロをちぎりながらふわっとなるように上にのせていく。
- 溶かしバターとアルマニャックをふる。
- スチコン(ホットモード・170℃・50~60分・風量3)で加熱する。(通常オーブンも同様)
- 冷ましてから型から外し、粉糖をふる。
レシピの説明&エピソード
▲オクシタニー地方の風景
フランス南西部オクシタニー地方の郷土菓子「Croustade aux pommes(林檎のクルスタッド)」をご紹介します。このお菓子は古くはガスコーニュの中心都市であった「Auch(オーシュ)」が発祥の地だと言われています。(もちろん諸説ありますが・・・。)「Cassoulet(カスレ)」や「Vol au vent(ヴォロヴァン トゥールーズ風)」の頁でもご紹介した「Toulouse(トゥールーズ)」から西へ約70km離れた場所に位置している「Auch(オーシュ)」、現在はジェール県の県庁所在地となっていて、歴史的な建築遺産も残っていることから人気の田舎の観光地でもあります。
ステンドグラスの窓で有名な15世紀から17世紀の間に建てられた中世のルネサス様式の「サント・マリー大聖堂」、小説『三銃士』に登場するダルタニャン(モデルとなった実在の人物、シャルル・ド・バッツはこの近隣出身)の像がある14世紀の牢獄「アルマニャックの塔」などが目玉です。中世にはそのアルマニャック伯がその拠点をここオーシュに置いたことでも知られていて、その名の土地「Armagnac(アルマニャック)」は蒸留酒ブランデーの産地としても世界的に有名ですよね。12世紀ごろからイタリアやフランスではワインを使った蒸留酒を飲んでいたそうですが、14世紀にフランシスコ会の修道院長が書いたアルマニャックの効能記録が現存していて、それを証拠にアルマニャックこそが世界最古のブランデーだと言われています。なので「Croustade aux pommes(林檎のクルスタッド)」には贅沢に地元のアルマニャックが使われるのが特長です。・・・ですが今回、残念ながら手元にアルマニャックがなかったため申し訳ないのですが在庫のコニャックで代用させていただきました。あしからず・・・。
▲「林檎のクルスタッド」には地元の"アルマニャック"を贅沢に使うのが特長
そしてもうひとつの「林檎のクルスタッド」の特長は、生地の「Pâte à fillo(パータ・フィロ) 」です。薄く透き通るくらいに生地を伸ばすには少し技術を要します(後日UPする動画をご覧ください。)が、オーブンで焼くとパリっと食感でとても軽やかに仕上がります。この生地は、8世紀頃にイベリア半島を占領したアラブ人によってスペイン、そして南フランスへと伝えられました。アラブ圏では、紀元前からすでに練った生地の中に、牛乳の脂肪からとった油脂を入れて焼いたお菓子が作られていたそうで、それがパータ・フィロの原形とされています。先日、トルコ旅行のお土産として頂いた「バァクラヴァ」という薄い生地を何層にも重ねて刻んだピスタチオや胡桃を挟んで焼き上げてからバターシロップを染み込ませた伝統菓子があるのですが、これも同様の生地です。そしてトルコからウィーンに伝えられた有名な「アプフェルシュトゥルーデル」の薄い生地もルーツは一緒のようです。
パータ・フィロを幾重にも重ね、クレーム・ダマンド(入れないところもある)とリンゴ(生だったり火を入れたり様々)を中に詰めた「林檎のクルスタッド」は、ミディ・ピレネーからアキテーヌにかけての南西部とロワール地方でも作られているのですが、地域によってその呼び名が「Pastis(パスティス)」や「Tourtiiière(トルティエール)」などと異なるのも興味深いところです。
さて林檎のデザートで私がフランス修行中に印象に残っているお話を少し。当時私が働いたレストランのほとんどで出していた「Tarte fine aux pommes(林檎の薄焼きタルト)」。流行りというか何といいますか、星付きレストランでもその時代、人気のデザートでした。薄く伸ばして丸く抜いた「 Pâte feuilletée(パイ生地)」に薄切りの林檎を綺麗に並べてオーブンで焼き上げるシンプルなもので、バニラアイスクリームやチョコレートソースを添えるのが定番でした。
作り置きのきかない、所謂「à la minute(ア・ラ・ミニュット)※2」の仕事で、オーダーが来てから作り始めます。なのでサービスの後半の忙しい時間、オーダーが立て込んできているところに「林檎の薄焼きタルト」のオーダーが入るとパティシエはてんてこまい、「Putain」※3とか小声で言いながら猛スピードで何種類もあるデザートを盛り付けていきます。こういうシチュエーションの時、日本の調理場だと他のパルティ(部門)が手伝ったりするのですが、フランスではほとんどその様な光景を見たことがありません。(私が経験した範囲内ですが・・・。)個人主義といってしまえばそれまでですが、フランスの中でも二ツ星、三ツ星レストランで働き、エリートコースを歩む彼ら(キュイジニエやパティシエ)は自分の仕事に対してとても高いプライドと専門性を持ち、そしてやり抜く精神力が抜群なのです。逆においそれと手を出せない。まだ十代半ばのアプランティ(見習い)たちは苦しさに涙目になりながらも必死でシェフ・パティシエ(部門シェフ)の仕事に食らいついていくのです。もちろん調理場のシステムもしっかりしていて人員も十分なのですが、どのパルティもピーク時(Coup de feuといいます。)はしびれちゃうくらい大忙しなのです。
<フランス語注釈>
※2・・・à la minute(ア・ラ・ミニュット)出来立てを出来るだけ早く提供することを意味する語
※3・・・俗語の一つ。辞書に載っている本来の意味の他に様々な使い方とニュアンスがある。参考サイトhttps://fetude.com/putain/
~ 第2章 ~
ワインの話
長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)さん
(俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ)
コラムをお読みいただいている皆さま、いつもありがとうございます。俺のフレンチ グランメゾンの長谷川純一です。
今年も梅雨のシーズンがやってまいりました。フレンチのレストランでは暑くなり湿度が高くなってくるこの時期から、お客様の「フレンチは重い」というイメージも重なり足が遠のいてしまうことが多いのです。毎年のようにシェフと今年の夏はどうしよう、どんなメニューにしようか、どんなお飲み物を開発しようか、お店の設えはどうしよか、などなど毎日のように相談の日々が続きます。その時間がまた楽しくもあるのですが、皆様のレストランではいかがでしょうか?
さてこの度のワインコラムですが暑い時期にわざわざ足を運んで頂いたお客様をイメージして書かせて頂こうと思います。お料理のテーマは「林檎のクルスタッド」。以前も登場した「美食のゆりかご」と比喩されるフランス南西部の郷土菓子です。シェフのコラムにもございましたが、パート・フィロのクルスティヤンな心地よい食感の生地は7世紀頃のトゥール・ポワティエの戦いでフランスに攻め込んだアラブ人が現地の女性にその製法を伝授したといわれています。そしてこのポワティエの戦いでもう一つ伝えられたのはなんといっても「シェーヴルチーズ」。もしレストランで本日のデザートが「林檎のクルスタッド」であれば、今がフレッシュで旬を迎える状態の良いシェーヴルチーズをお客様にオススメするのも歴史から展開できる素敵なリコメンドになりそうですね♪©Tatiana Goskova/出典:Freepik
肝心のワインですが、この時期はやはりいつもより良く冷やしたシャンパーニュをはじめとするスパークリングワインは抜群です。特に今じわじわと人気が出てきている「ドゥミ・セック」と呼ばれる少し甘めのシャンパーニュも日本では10%を越えるシェアにまでなってきておりますが、暑い時期に美しい酸味と癒しの甘味、そこにパート・フィローの食感とキャラメライズされたリンゴのハーモニーは最高の時間を約束してくれます。
きっとここまでは定番ですが、今日はせっかくなのでアルマニャックが手に入らなくてコニャックを使用したシェフの調理エピソードに添えて、「V.D.L.」をご提案したいと思います。V.D.L.はVin de Liqueurの略で、未発酵のブドウ果汁もしくは一部発酵中のブドウ果汁にアルコールを添加し、熟成させたフォーティファイドワイン(酒精強化ワイン)のひとつです。もちろん!ここでご紹介するのはコニャックを贅沢に添加したVDLでPineau des Charentes(ピノー・デ・シャラント)。私自身、このPineau des Charentesを口にして何人のお客様の笑顔を見ることができたかといえばもう数え切れません。コニャックのような華やかで優雅な香りと口当たり、20度に満たないくらいの高揚感を得られるアルコール度数。ストレートでもロックにしても冷やしても夏は特に上手い!!Alone(単独)でも楽しめますがリンゴのクルスタッドとの相性は特に抜群ですし、ショコラとあわせて頂くのもオススメです。
暑い夏がやってきます。私もこの時期はワインセラーの温度を1~2度低くしています。今回のコラムにも書かせて頂いた食前酒(アペリティフ)から食後酒(ディジェスティフ)まで、暑さで疲れた体と心を癒す一杯をお客様にお届け致します。皆様もお身体大切に2024年の素晴らしい夏をお過ごしください。この度もご覧いただき誠にありがとうございます。
▲ガスコーニュ地方の中心都市、Auch(オーシュ)の街の遠景
寄稿者:メートル・ド・セルヴィスの会 長谷川 純一(はせがわ じゅんいち)
俺のフレンチ・グランメゾン 支配人兼シェフソムリエ
メートル・ド・セルヴィスの会 幹事
第7回 JALUX WINE AWARD 準優勝
第6回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
第16回メートル・ド・セルヴィス杯 全日本大会 優勝
第6回 CGB世界サーヴィスコンクール パリ大会 準優勝
チーズプロフェッショナル、ワインプラスカレッジ講師 他
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