レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
今回は、フランスの家庭料理としてもポピュラーな「Poule au pot du Roi HenriⅣ(プール・オ・ポ アンリ4世風)」です。シェフ曰く、シンプルに言うと「鶏のポトフ」だそう。でも400年の歴史のある料理で、料理名には「アンリ4世」という王様の名前を冠しています。映画「王妃マルゴ」で王を演じたダニエル・オートゥイユが頭に浮かんできますが・・・(王妃役のイザベル・アジャーニも綺麗でしたね!)。その理由を探ると「アンリ4世」が歴代の王の中でとても人気が高かった理由が分かるようなストーリーが見えてきます。続きはぜひ後半の「エピソード」で。また今回はフランスの星付きレストラン厨房事情のお話です。知ってるようで知らない"シェフ"の意味や厨房の仕組みなど興味深いお話もどうぞお楽しみください。
~ 第1章 ~
レシピの話
<材料>(4人前)
- 雌鶏(1kgくらい):1羽
- ポロネギ(小)(7cm切り):2本
- セロリ(7cmトゥルネ※1):1本
- タマネギ(グローブを4本刺す):1/2個
- ニンジン(7cmトゥルネ):1本
- じゃがいも(7cmトゥルネ):3個
- かぶ(7cmトゥルネ):3個
- ブーケ・ガルニ:1個
- ニンニク(1/2切り):1片
- 砂肝(1/4切り):1個
- レモンスライス:1枚
- 水:3L
- バター:20g
- ピクルス:適量
- 塩・コショウ:適量
- バター:30g
- 鶏レバー:1個
- タマネギ(アシェ※1):1/2個分
- ニンニク(アシェ):1片
- 生ハム(アシェ):100g
- 固くなったバゲット:60g
- 牛乳:少々
- 卵:1個
- パセリ(アシェ):適量
- エストラゴン(アシェ):適量
- タイム(アシェ):適量
- ナツメグ:少々
(ファルス)
<フランス料理用語注釈>
※1・・・トゥルネ(tourner)面取りをする
※2・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
▲バイヨンヌの生ハムがファルスに入るのが特徴
▲仕上がったファルス。これを鶏の中に詰める
作り方
- 固くなったバゲットの中身(白い部分)をミキサーにかけ、粗めのパン粉にし、少量の牛乳に浸しておく。
- フライパンにバターを溶かし、鶏レバーをタマネギ・ニンニクと共にソテーし、冷ます。
- ボールに絞った1と刻んだ2、生ハム、卵、ハーブ類を入れ、よく練りファルスとする。
- 鶏の中に3のファルスを丸めて詰め、紐掛けする。レモンスライスを鶏にこすりつけ、変色と臭いを防ぐ。
- ココットに4の鶏を入れ、水をはり、タマネギ、ブーケガルニ、砂肝も入れ、火にかける。エキュメ※3する。
- 軽く塩・コショウをして蓋をし、1時間~1時間半煮込む。
- 鶏の状態を見て、火の通りにくい野菜から順にココットに入れ、バターを加え煮込んでいく。
- 鶏と野菜をプラトー(盛り付け用プレート)に盛り付け、ブイヨンはスーピエールに注ぎ、サーブ(供出)する。
- 鶏を切り分け、各皿に盛り付ける。ブイヨンにパセリを加え鶏肉と野菜にかけ、ピクルスを添える。
プール・オ・ポ 説明&エピソード
アンリ4世が願ったこと
今回取り上げた「Poule au pot du Roi Henri Ⅳ(プール・オ・ポ アンリ4世風)」はシンプルに言うと「鶏のポトフ」でしょうか。昔からフランスの南西部ベアルン地方の名物とされている料理です。どうして料理名にフランスのブルボン王朝の初代の王様「アンリ四世
(1553~1610年)」の名前が入っているかというと、この地で生まれた彼が泥沼化していたプロテスタントとカトリックの間で戦われた宗教戦争の真っただ中に王位に就き、数々の困難を乗り越えて、1598年にナントの勅令を発布して、両派にほぼ同じ権利を与え、近世のヨーロッパで初めて個人の信仰の自由を認め、40年近く続いた戦争を終わらせました。そして荒れ果てた国土の回復に全力を尽くしていくのですが、その時彼が願ったのは「休日には、すべての国民の鍋に鶏が入るそんな国にしたい。」という思いでした。なので、この鶏の煮込み料理にはアンリ四世の名前が入っているのです。ただ一般的には「Poule au pot」でOKです。今でもフランスでは歴代の王の中でもアンリ四世はダントツに人気があり、善王・賢王と讃えられているそうです。
約400年の歴史があるこの料理には近くのバスク地方の名物「バイヨンヌの生ハム」がファルスの主材料として使われていてその特長となっていますが、高価な食材なだけに家庭によっては、鶏ミンチに替えて作るパターンも存在します。残念ながら私は「Poule au pot」を通常メニューとして出すレストランで働いたことはないのですが、ペルソネル(賄い飯)や下宿していたおばあさんの台所で結構な頻度で作って皆で食べていました。その都度、付け合わせの野菜やハーブ、ファルスの材料は異なりましたが、鶏に詰め物をして煮込んでいく工程は同じでした。もしかしたら私がフランスで生活していた中で一番多く食べた料理は、この「Poule au pot」かもしれません。
フランス星付きレストランの調理場の実際
さて、ここからは少し料理そのものとは違いますが、知っているようでなかなか知られていない所謂フランスの星付きレストランの現代の調理場の実際を少しご紹介したいと思います。あくまでも私の経験からのお話ですが・・・。
最近、テレビドラマや映画でレストランの調理場のシーンが登場することが多くなったなあと感じていらっしゃる方・・・鋭いです。何十年かに一回、まるでローテーションであるかのように格好いい人気俳優さんが演じる料理人が調理場で料理を仕上げていく場面が注目されるドラマや映画が作られる時期があります。そして、そういう映像を見て感化され業界に入ってくる若者も多くいます。実は私もそうです。
テレビに映るショーケンの板前姿と独特な話し方が格好良くて、子供ながらに憧れていました。でも何故かフランス料理の世界に・・・!そこでフィクションではない現実のフランスの調理場はどうなのか?まず「シェフ」という地位について。世間一般では「料理人=シェフ」だと勘違いしている方々が結構多くいますが、それは大きな間違いです。「料理長=シェフ」が正解です。原則、ひとつの現場にはシェフは一人だけです。シェフのことは「シェフ!」と呼びます。シェフがオーダーを読み上げる度にキュイジニエは「 Oui, Chef ! / ウイ!シェフ!」と全員同時に返事をし調理に取り掛かります。その他シェフ以外はお互いに名前で呼び合います。ただ・・・例外もあるにはあります。
これは私が渡仏前に働いていた日本のレストランでのエピソードです。あるフェアーを開催していた日の忙しい時間帯に、私が調理工程上でシェフの判断を仰ぐ場面がありました。そこで「シェフ!お願いします!」と大きな声で叫ぶと。 <1>「どうした~?」<2>「J'arrive~!(今行く)」<3>「何だ~待ってろ!」と三方向から3人の声。そして、すぐ私の横に真剣な顔つきの3人のシェフが集結???その時の私の心の声「3人に来られてもなぁ~!」。実はその日はたまたま「そのレストランのシェフ」「フランス人総料理長(グランシェフ)」「上階のレストランのシェフ」の3人のシェフがひとつの調理場で同時に働いていたために起きた極々稀な事例です。今、思い出すと笑っちゃいまが、その時は笑う訳にはいかず、有難くマジな顔で3人のシェフから指示を受けました。
服装について
次に服装です。日本では、コックコート・ズボン・タブリエ(エプロン)・トック(コック帽)・トーション(布巾)・靴とほぼすべてをお店(会社)から貸し与えられます。がフランスではお店からはタブリエ・トック・トーションだけです。コックコート・ズボン・靴は自前です。なので皆バラバラのデザインのコックコートを着ていたりします。靴は白いサボ(調理用厚底サンダル)が主流ですが動きやすいからとスニーカー派の人も結構います。
調理場の組織について
次に調理場の組織についてです。レストランのグレードや大きさにもよりますが、基本的にトップに「Chef de cuisine(シェフ・料理長)」。その下に「Sous chef(スーシェフ・副料理長)」。その下に(1)「Saucier(ソーシエ・各フォンと魚以外のすべてのソース担当)」兼「Rôtisseur(ロティスール・ロースト担当)」と(2)「Poissonnier(ポワソニエール・魚料理担当)」と(3)「Gardes-Manger(ギャルドマンジェ・冷製料理担当)」と(4)「Pâtissier(パティシエ・デザートとパン担当)」の4部門が置かれています。それぞれの部門のトップに「Chef du parti(シェフ・ド・パルティ(部門シェフ)」、その下に「Demi chef du parti(ドゥミ・シェフ・ド・パルティ(部門副シェフ)」、その下に「Commis(コミ・ひら部門員)」、その下に「Apprenti(アプランティ・見習い)」、その下に世界各国から来る「Stagiaire(スタジエール・研修生)」、軽く20名を超える調理場もありました。大体フランスの星付きレストランで働く日本人は「Saucier(ソーシエ)」か「Poissonnier(ポワソニエ)」の「Chef du parti(シェフ・ド・パルティ(部門シェフ)」を任されます。外国人なのにフランス人の部下が3~4人も付き、彼らを指導・監督していかなければなりません。中には初日から調理場全体をコントロールすようにシェフから要求されたレストランもありました。フランスに来て1年も経たない、片言のフランス語しか話せない日本人にですよ・・・。摩訶不思議!フランスで修業した方なら皆さん経験されていると思いますが、感覚的には本当に不思議で(私だけかな?)、料理を勉強しにフランスに来た日本人がフランスの若い料理人にフランス料理を指導していくのです。生まれた時からフランス料理を食べているフランス人に・・・。今では三つ星、二つ星の日本人オーナーシェフがいる素晴らしい時代ですから不思議なことでもないかもしれませんが・・・。それだけ実力のある日本人はフランスでは信用されているのです。それもこれもフランスで修業された大勢の先輩方が築いてくれた実績の賜物なのです。感謝しなければなりませんね。以上さっとご紹介しましたがまた機会があれば、別の角度からレストランの調理場のお話をしたいと思います。(シェフM.T)