レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
今月はノエル(クリスマス)がテーマです。ノエルまで1か月となるのを前に、パリではシャンゼリゼ通りのイルミネーションが始まります。フランス各地でもイルミネーションが街を照らします。宗教的な意味合いはさて置き、雨の日が増え、暗く寒いフランスの冬の深まりも、イルミネーションが気持ちを明るくしてくれます。
さて今月ご紹介するスモークサーモン。仕込み時間はかかりますが、作業内容は簡単なのでぜひお試しください。中のきゅうりの入ったライムが効いたクリームもさっぱりしていて、スモークサーモンやサラダととても良く合います。クリスマスディナーの前菜にいかがでしょうか。前にご紹介した牡蠣のシャンパーニュ風なども良さそうです。後半のシェフエピソードでは、フランスで迎えた「聖夜のキュイジニエたちの晩餐」の様子が綴られています。ノエルの仕事明け、疲れ果ててはいても楽しそうな光景が目に浮かぶようです。こちらに合うワインについてはワインの話(2)でお伝えします。どうぞお楽しみに。
~ 第1章 ~
スモークサーモンとキュウリのドーム包みのレシピの話
材料
※1・・・サルピコン(salpicon)5mm角くらいの小さな賽の目
※2・・・シズレ(ciseler)(野菜を)細かく繊維を出来るだけ壊さないように切ること
作り方
- サーモン(皮つき)半身の上身に計量した塩・コショウ・砂糖をふり、アネットをのせる。
- 12時間冷蔵庫でマリネする。
- サーモンから出た水分とアネットを集め、サーモンの皮目にのせ、12時間冷蔵庫でマリネする。
- サーモンからマリネ材料を外し、水洗いしてから水分をよくふき取り、12時間冷蔵で表面を乾燥させる。
- スモークチップでサーモンの状態を見ながら約2~3時間、温度を30~35℃に保ちながらスモークする。
- 12時間冷蔵庫で落ち着かせる。
- さっとブランシール(※3)したキュウリと8分立て(※4)した生クリームを和え、シブレット、塩、コショウ、ライム汁でアセゾネ(※5)する。
- スライスしたスモークサーモンで7をドーム状に包み。形を整える。
- お皿にドーム・サラダ・ハーブを盛り付ける。
- サラダにビネグレットをかけ、松の実をちらし、オリーブオイルを回しかける。
スモークサーモン
ドーム
盛り付け
※3・・・ブランシール(blanchir) ブランシールする、ゆがく。ここでは塩茹で。
※4・・・(生クリームの)8分立て やわらかいツノが立ち、その後少し曲って下を向く状態
※5・・・アセゾネ(assaisonner) 調味する(塩、コショウの他に色々な香辛料を持ちいて料理本来の)味を引き立たせる
スモークサーモンとキュウリのドーム仕立ての説明&エピソード
「 Noël / ノエル」はフランス語でクリスマスのことです。この言葉、昔に比べたら日本でもだいぶ浸透してきたのではないでしょうか。「 Bûches de Noël /ブッシュ・ド・ノエル」なんてもう一般的なクリスマスケーキのひとつとして認知されている感じです。そのままのネーミングでパティスリーのウィンドーに堂々と並んでいますものね。ちなみに私はレストラン業
界に入ってから初めてノエルという言葉を知りました・・・。
そのノエル(クリスマス)は正確には「イエス・キリストの誕生をお祝いする日」であって「誕生日」ではないそうです。ご存じでしたか? 私は子供の時からクリスマスはキリストの誕生日だと聞かされてきたので、大人になって先輩からそれを教えてもらった時は大袈裟かもしれませんが、ちょっとしたショックでした。無知だったなあと。
さて、日本のクリスマスの食事といえば、若い世代のカップルは「イブ」や「イブイブ」(ちょっと古い言い方)にフランス料理やイタリア料理などのレストランを予約してロマンチックな夜を過ごし、ファミリー層はお家で苺とホイップクリームのクリスマスケーキと、持ち手にアルミホイルを巻いた大きな鶏もも肉の照り焼き等、お母さんの手料理を食卓に並べてお祝いするのが一般的なイメージですね。私も子供の頃はそのような感じでした。大きな鶏もも肉をかぶりついて食べるのが嬉しくて。
しかし、社会人となり日本のレストランで働き始めるとそんな習慣も一変。年間で最も忙しい地獄の日々(表現が良くないかもしれませんが・・・)に変わりました。曜日にもよりますがノエルまでの約2週間、休日もなくなり日々の休憩時間もなくなり、永遠と仕込み・営業・仕込み・営業の連続。眠い目をこすりながら始発電車で出社して終電で帰ったり、しまいには終電に間に合わないからと「お店泊」、なんてこともざらでした。バブル景気も重なり今では考えられないような環境での修業でしたが、振り返ってみると若い体力がある時期に最高の素材をふんだんに使いながら「良い経験をさせてもらったなぁ。」と自分のなかでは大切な思い出のひとつとして残っています。
さあ、お料理です。今回ご紹介するのはどちらかというとフランス郷土料理というより家庭料理という感じですのでご了承ください。フランスの一般的な家庭でのノエルの食卓には普段よりも贅沢な品が並びます。いや並ぶそうです。実際に私は見たことはないので、これはフランス人の同僚に聞いたり、下宿先のおばあちゃんに聞いた話です。それはそうですよね。キュイジニエ(料理人)はノエルの日でも朝から晩までレストランのキッチンで働いているのですから。ポピュラーなメニューは前菜にスモークサーモンやフォアグラ、メインに鶏の丸焼き等のロースト肉という組み合わせ。結構これがスタンダードらしく、中には前菜にフランス人が大好きな生ガキが登場するお家もあるとか。もちろんスモークサーモンやフォアグラ等はお店で買ってきてお皿に盛り付けるだけにして、鶏だけはお家で焼くなんてパターンもあるそうです。そこで今回はノエル定番のスモークサーモンを少し時間はかかりますが、簡単に作れる方法をご紹介しますので、是非トライしてみてください。そのままスライスして食べるのも美味しいのですが、今回はきゅうりと生クリームをあわせたものをスモークサーモンでドームに包むというレストランっぽい盛り付けにしてみました。
実は私がフランスで働いた歴史あるレストランのスペシャリテにスモークサーモンがありまして、ガルドマンジェ(garde-manger / 冷製料理担当)がしょっちゅう仕込んでいました。今は普通に作りますが、昔はレストランの自家製スモークサーモンが珍重される時代があったそうで、渡仏前に「季刊フランス料理」という古い本でそのレストランのことを私は知っていて、女性料理人のマダムがコックコートを着て、大きなフュモワール( fumoir/燻製器)の前に立っている写真までもしっかり記憶していました。たまたま念願かなってそのお店に入店するとあの写真のフュモワールがまだ現役で使用されていましたし、マダムもお年を召されていましたがその時はまだご健在で、たまにキッチンに来て私の手を両手で握りながら声をかけてくれました。「元気?よく眠れた?たくさん食べなさい。ここで働く日本のキュイジニエは少ないのよ。」等など、とても優しい上品なおばあちゃんでした。
ここでフランス時代のノエルの思い出を。以前「Galette des rois(ガレット・デ・ロワ)」のページに導入だけ書いたエピソードの続きです。そちらを参照してから読んでいただくと話がつながります。
仕事終わりの12月25日の聖夜。「ビズ(※6)の嵐」のあと、私服に着替えて高級車が並ぶレストランの駐車場にキュイジニエたちが集合。これから「聖夜のキュイジニエたちの晩餐」です。 あらっ!なぜか若いブロンドの綺麗なお嬢様たちもいます。そう、同僚達のガールフレンドです。一人ひとり紹介され、またまた「ビズの嵐」。顔を洗ってから出てきたのに、再び口紅だらけに・・・。「初めて日本人に会ったわ。可愛い!」なんて言われながら数台の車に分乗してスゴン(second /副料理長)のお家へ向かいます。既に深夜2時。
お家に着いてまずアペリティフ。海賊の宝箱のようなスゴンの酒蔵からそれぞれ好きなリキュールやらを取り出して乾杯。総勢約20名のパーティーです。まずガルドマンジェ(冷製料理係)が持ち込んだテリーヌをキッチンで皿盛りしてサービス。会食の前菜です。次にポワソニエ(poissonnier/魚料理係)がキッチンでサンピエール(的鯛)をさっと焼いてサービス。続いて私が所属しているビアンド・ソーシエ(viande・saucier/肉料理・ソース係)3人がキッチンでピジョン(pigeon / 鳩・1人前半身)を焼きサービス。家庭用キッチンなので火力は弱いし狭いしで、悪戦苦闘しながら何とかポム・リソレ(pomme rissolée/じゃがいものにんにく風味バター焼き)と即席でソースも作り上げました。それにしてもその時の同僚のシェフ・ド・パルティ(chef de partie/部門シェフ)の力量の凄さに驚きでした。普段レストランのキッチンでも若いのに仕事が速いし、綺麗だし、指示も的確だしと感心していたのですが、狭いキッチンでもリーダーシップを発揮してあっぱれでした。さすがフランスの一流のエリートは違います。段違いです。それも酔いながら・・・。最後はパティシエが持ち込んだブッシュ・ド・ノエルとコーヒーで締めくくりです。真冬なので外は真っ暗ですがもう朝の6時です。皆ニコニコまだまだ元気なのですが、私はもうくたくた、眠くて眠くて。ブロンドのお嬢様たちと「おやすみ」のビズをして、彼女のいない同僚のゴルフ(車)でレストランの屋根裏部屋の寮へ帰り、短い仮眠をとります。8時半にはキッチンに入って普通に仕事です。フランス人はタフですね。(シェフM.T)
※6・・・ビズ(bise)頬にする軽いキス。男女関係なく交わす挨拶的なもの
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