レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
ナスのボニファシエンヌ風&
再びフランスの南、地中海に浮かぶコルシカ島を訪れます。今回はコルシカで最も有名なシェーブルチーズ「Brocciu/ブロッチュ」を使った郷土料理、2品をご紹介します。まずは「ブロッチュ」を簡単にご説明しましょう。コルシカ島の羊や山羊のミルクを原料として製造されるフレッシュチーズで、日本には春少し前から7月くらいまで輸入されますが、数が少ないので、なかなかお目にかかれません。現地では「作りたて」が一番珍重され、そのまま食す他、お料理やデザートにも頻繁に使われます。日本ではなかなか手に入れるのが難しいのですが、イタリアのリコッタチーズでも代用できます。どちらも簡単に作れるのにフレッシュチーズが入ることで、さっぱりとしたコクが加わり、ミントやハーブとも相性が良く、一味違う新鮮な美味しさです。ぜひお試しください。ズッキーニの花のファルスにまつわる思い出や、コルシカで生まれたナポレオン・ボナパルトのお話し(かなりフランス料理界に影響を与えていたのですね)など後半の<レシピの説明&エピソード>もお楽しみください。
~ 第1章 ~
レシピの話
<材料>
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ナスのボニファシエンヌ風(4人前)
- ナス(大):2本
- 卵:3個
- ブロッチュチーズ:400g
- 牛乳:少々
- パン粉:50g
- タマネギ(アシェ※1):1個
- ニンニク(アシェ※1):1片
- バジル(シズレ※2):1パック
- 唐辛子:1本
- オリーブ油:適量
- パルメザンチーズ:適量
- 塩・コショウ
- (トマトソース)
- オリーブ油:適量
- タマネギ:1個
- ニンニク(アシェ※1):2片
- 赤パプリカ:1/2個
- トマト缶(400g):1缶
- 赤ワイン:120ml
- 塩・コショウ
- ブロッチュ入りコルシカ風オムレツ(2人前)
- 卵:8個
- ブロッチュチーズ:適量
- ミント(シズレ※2):適量
- パセリ(アシェ※1):適量
- 塩・黒コショウ:適量
- オリーブ油
※1・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
※2・・・シズレ(ciseler)シズレする。繊維を壊さないよう細かく切る
作り方
ナスのボニファシエンヌ風- ナスを縦半分にカットしオリーブ油をまぶして、スチコン(コンビモード・40%・200℃・8分・風4)で加熱する。
- 焼き上げたナスの果肉をくり抜き、ボート状にする。果肉は粗めに刻む。
- 鍋にオリーブ油とニンニク、唐辛子を入れ火にかけ、香りと辛味を出し、タマネギをじっくり炒める。
- ボールに3と卵、ブロッチュチーズ、バジル、パルメザンチーズを入れ、塩・コショウでアセゾネ(調味)して、よく混ぜる。
- 2に4をこんもり詰め、スチコン(オーブンモード・100%・230℃・5分・風4)で加熱する。
- 鍋にオリーブ油とニンニクを入れ、火にかけ、香りと辛味を出し、タマネギと赤パプリカをじっくり炒める。
- 潰したトマト缶、赤ワインを入れ、煮詰め、アセゾネ(調味)をして、ソースとする。 (仕上げ)
- お皿にナスの詰め物を盛り、ソースをかけ、バジルを飾る。
▲ナスのボニファシエンヌ風 Aubergine à la Bonifacienne
ブロッチュ入りコルシカ風オムレツ
- ボールでブロッチュチーズとミント、パセリをよく混ぜあわせる。
- 卵に塩・黒コショウをして、フライパンでオリーブ油を熱し、1を中心にオムレツで巻き込み焼き上げる。 (仕上げ)
- お皿にオムレツを盛り、ミントとパセリを飾る。
▲ブロッチュ入りコルシカ風オムレツ ミント風味 Omelette corse au brocciu et à la menthe
レシピの説明&エピソード
(冒頭のチーズの説明から続きます。)ブロッチュチーズはフレッシュチーズなだけに、時間とともに水分が抜けてゆき、だんだん歯ざわりも悪くなってしまいます。なので「作りたて」が一番だと。
一品目の「ナスのボニファシエンヌ風」は南仏料理の定番、「野菜のファルシ(詰め物)」のチーズヴァージョンです。コルシカ島南部の港
▲ボニファシオ
町「Bonifacio/ボニファシオ」の名を冠した名物料理です。レシピを読んでいただいてもわかる通り、とてもヘルシーな女性におすすめのお料理です。がっつり焼き色をつけるように調理するやり方もあるようですが、折角のフレッシュチーズ料理なので私好みに焼き色は少しおさえて色よくソフトに仕上げてみました。トマトソースにはコルシカ島の赤ワインを隠し味に、バカンス気分でちょっとリッチに。
皆さんもご存知の南仏料理の代表格、「南仏野菜のファルシ(詰め物)」ですが、野菜の定番は、トマト・ナス・ズッキーニ・パプリカ・タマネギです。詰め物は挽肉をベースにハーブやスパイスを効かせ、オリーブオイル・ニンニクの香りと表面にふった香草パン粉をアクセントに仕上げます。
▲ズッキーニの花
野菜のファルシつながりのお話ですが、日本での修行中、「Entremétier/アントルメティエ(各種付け合わせやスープ類の係)」を任されていたときに「Fleurs de courgette farcies d'une mousseline de langoustines/花付きズッキーニ手長海老のムース詰め」が魚料理のガルニチュール(付け合わせ)のメニューがありました。私にとって「Fleur de courgette /フルー・ドゥ・クルジェット(花付きズッキーニ)」はその時が初めての素材で、フランス帰りの先輩に教えてもらいながらの「Mis en place/ミザンプラス(仕込み)」でした。まず「Blanchir/ブランシール(下茹で)」の作業が難しい。花下のズッキーニの幅に丁度よい網台に、花を上にしてズッキーニを差し込み、沸いたお湯と塩の入った鍋に網台をのせて、下のズッキーニにだけ火を入れます。後で手長海老のムースを花に詰めてから「 À la vapeur/アラバプール(蒸す)」するので、火の入れすぎは禁物です。頃合いを見計らって、花付きズッキーニを網台から抜き、そのままお湯に通して花の部分にもさっと火を通してから、やさしく氷水にとります。気を付けないと花が取れてしまうので超慎重にです。花が取れようものなら容赦なく他ポジションの先輩方から罵声が飛んできますので精神集中作業です。
当時のその調理場で働くキュイジニエ(料理人)達約30人が全員、年齢や経験年数に関係なく調理場の花形であり中心となるストーブ(コンロ)前のポジション(6人)を虎視眈々と狙っていて、ストーブ前最年少で尚且つ経験の浅い私がミスを続ければ、自分がとって代わってやろうとの野心のアピールが露骨に物凄かったのです。そういう時代でした。
▲ズッキーニと花
トップのグランシェフ(総料理長)からシェフ・ド・パルティ(部門シェフ)まで全員が長くて11年間、短くて5年間のフランス経験者というお店で、オープンに合わせて皆さん帰国したばかり。当時としても特殊な環境でした。営業中に忙しさがピークに近づくと日本の調理場なのに先輩方はフランス語でやり取りを始めるのです。こっちはチンプンカンプン。私への指示もフランス語になっていきます。大パニック!ついていくので精一杯です。そしてやっとピークを超し、皆さん余裕が出てくると次第に日本語にもどっていきます。や~鍛えられました~。そんなお店でしたのでオープン後、フランス経験者としてドゥミ・シェフ・ド・パルティ(部門副シェフ)クラスで途中入社された方々のほとんどは1か月も経たないうちに辞めていきました。「無理!ついていけない。」と・・・。あっ。後年、フランス修業から帰ってきた当初の私もあの時の先輩方と同じだったようで、帰国直後にスー・シェフ(副料理長)として勤めた大箱のお店で、スタッフの皆から「営業中は日本語でお願いします。」とマジ顔で言われました。きっとキュイジニエの皆さんなら同じような経験をされているのではないでしょうか。
さて二品目は「ブロッチュ入りコルシカ風オムレツ ミント風味」です。実際のオムレツは写真と違い、もっと雑というか適当というか、ナテュラル?な形が多いようです。日本のように整った形は稀です。でもそれが良いのです。良い意味でフランスらしくて。味はしみじみ美味しいのですから。それにチーズ・オムレツ・ミントの組み合わせが楽しいです。我々日本人の発想ではなかなかたどり着けない部分です。材料もシンプルなので皆様、是非作ってみてください。入手困難なブロッチュの代わりにイタリアのリコッタチーズでいけますので。
ここでコルシカ島で生まれた「Napoléon Bonaparte(ナポレオン・ボナパルト)」のお話です。私のなかでナポレオンといえば、まずルーブル美術館で見た横約10mで縦約6m半もある巨大な絵、現在修復中のパリのノートルダム大聖堂で1804年に行われた「ナポレオンの戴冠式」が頭に浮かびます。実際に絵の前に立つと、学生時代に教科書の中で見たものとは比べようもない大きさで、インパクトは絶大。圧倒されます。といってもこの絵、何か変です。皇帝の戴冠式なのにどうしてナポレオンが冠を妻のジョゼフィーヌの頭にのせようとしているのか?それに戴冠は普通、ローマ教皇の役じゃないの?等、しばらくポカーンと考えました。結局、解りませんでしたけど・・・。微妙に違った同じ構図の絵がヴェルサイユ宮殿にも展示されていますので、どこが違うのか探しながら鑑賞するのも楽しいですね。
▲「皇帝ナポレオン一世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠」ルイ・ダヴィッド(フランス)1805年製作
ナポレオンと「食」の関係についての逸話をいくつか。彼の極端に短い食事時間や行儀の悪さは有名な話ですが、彼は政治に「美食」を利用しようと考えていたらしく、外務大臣のタレーランに命じて数々の晩餐会を開催し、国内外の政治家や著名な文化人達を接待していたそうです。そのタレーランに仕えていたのが、皆様ご存じのあの「アントナン・キャレーム」です。
もうひとつ、表皮に木炭粉をまぶしているベリー地方のシェーブルチーズ「ヴァランセ」。ナポレオンの好物で元々はピラミッドのような形だったのですが、エジプト遠征に失敗した彼がそのピラミッドの形にムカつき、上部をサーベルでちょん切ってしまってから、今の形になったとか。本当かなぁ?・・・チーズつながりでブルゴーニュのウォッシュタイプチーズ「エポワス」もナポレオンが好んでいたといわれています。美食家のブリア=サヴァランが「チーズの王様」と評したチーズです。それをブルゴーニュの銘酒シャンベルタンと共に戦場でも味わっていたとか。優雅ですね。でも戦場で?・・・。
今では誰もが知っている「缶詰」。これを作らせたのもナポレオンでした。戦場での兵隊さんの栄養失調問題を受けて、懸賞金付きで広く保存食のアイデアを募集。見事、「缶詰」が選ばれ、兵隊さんの栄養状態もよくなっていったとか・・・。
そして一番有名なのが「Poulet Marengo /鶏肉のマレンゴ風」です。イタリア ミラノに近い村「マレンゴ」でナポレオンがオーストリア軍に勝利した夜、戦争で皆避難してしまい、もぬけの殻だった村に僅かに残っていた材料をかき集めてお抱え料理人デュナン(彼ではないという説も)がアドリブで創作したといわれています。材料には諸説ありますが、鶏肉、トマト、にんにく、ザリガニ、白ワイン(最初はブランデー)、クルトン、卵の目玉焼きとで構成されたユニークなお料理で、ゲン担ぎの要素も加わりナポレオンが大変気に入り、後にフランス料理のスタンダートとなっていきました。
最後にデザートから「ナポレオンパイ」を。「銀座マキシム・ド・パリ」のスペシャリテとして我々日本人にも馴染み深い逸品です。諸説ありますが、先の「アントナン・キャレーム」が創作した「ミルフイユ」が元で、このお菓子の開発を任されたイタリア・ナポリ出身のパティシエにちなんで、はじめは「ナポリタン」と称していたのがいつしかフランス人が大好きな「ナポレオン」に転じて世界に広まったとか・・・。ちなみに先日、厨BO!で開催したお菓子の講習会で講師として私がこの「ナポレオンパイ」をご紹介しましたので、是非その様子が掲載されている厨BO!のホームページを覗いてみてください。ナポレオンばなしはまだまだありますが、今回はここまで。ルイ14世時代に建てられたパリのアンヴァリッド。廃兵院とも言われる旧軍病院。今は軍事博物館となり多くの観光客が訪れます。目的は「Hôtel National des Invalides/アンヴァリッド廃兵院」の教会にある立派な「ナポレオンのお墓」。今、彼はここに眠っています。黄金のドーム型教会として、そしてパリの美しい夜景地として人気の観光スポットとなっています。(シェフM.T)
▲ナポレオンパイ
▲ナポレオンが眠るアンヴァリッド(パリ)