レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
今月はブルターニュ地方を訪れ、「 Kig-ha-Farz(キッカ ファルス)」というお料理をご紹介します。「k」から始まるなんてフランス語らしからぬこの料理名。ブルトン語(ブルターニュ地方の言語)で、直訳すると「肉と詰め物」を意味するそう。そば粉に卵など様々な材料を混ぜ合わせ、ガーゼで包み、ポ・ト・フーの材料と共に数時間ゆっくり煮込んで作ります。ブルターニュで、そば粉というとガレット(そば粉のクレープ。ハムやチーズ、卵などを包んだお食事クレープ)が有名ですが、こんなそば粉の食べ方があったとは初めて知りました。
牡蠣やオマール海老など上質な魚介類に恵まれたブルターニュ。その一方で、「そば」くらいしか育たたない痩せた土地だったブルターニュならではの素朴さも感じる一品です。今はアーティチョーク、カリフラワー、エシャロット、イチゴやココ豆、オニオンなど、フランスのみならず全ヨーロッパ、アメリカ、日本にも輸出される野菜の産地となっています。ブルターニュや料理については後半の「シェフ・エピソード」でも詳しく書かれていますので続きはそちらで!
ではレシピを見ていきましょう。
▲シェフエピソードにも出てくるカルナックの巨石群。ケルト民族などの文化が今も残り、神秘的な雰囲気が残るブルターニュ
~ 第1章 ~
キッカ・ファルスのレシピの話
材料
作り方
(ファルス)
- 材料を混ぜて、布(ガーゼ)で包み、口をフィセル(タコ糸)でしばる。
(下準備)
- 野菜はエプルシェ(皮むき)するものはしておく。
- 塩漬け豚肩ロースは、塊のまま塩分12%前後のソミュール液(漬け込み液)に3日間漬け込む。漬け込み後、水分をふき取り、冷蔵庫で一晩乾かす。
- 肉類をカットする。
- ココットに材料を全て入れ、ふたをしてスチコン(オーブンモード・180℃・2時間半・風4)で加熱する。 ※鍋で煮る場合はコトコト3時間程度。(水分が減りすぎないように水を時々足しながら)
(仕上げ)
- お皿に肉、野菜、ほぐしたファルスを盛り、ブイヨンを注ぐ。
▲煮込む前の様子。これから直火の場合はコトコト3時間程煮込む
▲煮込み終わり。鍋の左端の巾着状のものがファルス。そば粉や卵など材料を混ぜてガーゼで包み一緒に煮込みます
キッカ・ファルスの説明&シェフエピソード
ブルターニュ地方は、フランス北西部に位置し、独自の文化と雄大な自然をもつ大西洋に突き出た半島です。観光地としても見どころ満載で、国際映画祭の開催地として有名な「サン・マロ」。サン・ピエール大聖堂がある古き街並みの「レンヌ」。フランス最古の自転車レースで名高い「ブレスト」(パリ郊外での誕生になりますが、レースを記念して考案されたお菓子「パリーブレスト」でも知られる地です。食いしん坊の皆さんなら召し上がったことがあるのではないでしょうか。)それに陶器(カンペール焼き)で知られる「カンペール」などなど。因みにこのカンペール焼きは、次回のお料理の盛り付けに使います。写真をお楽しみに!
ブルターニュで特に私が昔から興味があったのは「カルナック巨石群」です。ケルト人以前、紀元前5000年の新石器時代の先住民による遺跡だと言われていますが・・・とても不思議なのです。この話は長くなってしまうので止めておきますが、結局、在仏中に見に行くことができなかったのが心残りではあります。
さて本題です。今回のお料理「Kig - ha - Farz(キッカ・ファルス)」です。料理名を聞いて、知っている方は、結構少ないのではないでしょうか。フランス料理っぽくないネイミングですよね。そうなんです。ブルトン語なのです。日本でも馴染みのある「クイニーアマン(Kouign amann)」や「ファー・ブルトン(Far Breton)」もブルトン語です。
「キッカ・ファルス」を直訳すると「肉と詰め物」という意味だそうで、簡単に説明すると「そば粉の詰め物(ファルス)が入ったポ・ト・フー」です。そば粉に様々な材料を混ぜてから、ガーゼで包み、ポ・ト・フーの材料と共に数時間ゆっくり煮込みます。そしてスープを吸ったファルスをほぐして、野菜・お肉と共に頂きます。日本人的にはもう少しファルスを「蕎麦がき」くらいの歯ごたえにしたほうがより美味しいような気もします。
1789年のフランス革命の時にフランスに併合されるまで、この地は「ブルターニュ公国」という独立国家でした。人々は英国のウェールズ地方やコーン・ウォール地方の方言とよく似たブルトン語を話し、独自の文化を築いてきたそうです。
ブルターニュは海や森などの自然に恵まれた土地で、例えば海産物の水揚げ量などは何とフランス国内の1/3を占めている程です。「牡蠣」「ムール貝」「帆立貝」などの貝類も有名ですが、特に青光りしている「ブルターニュのオマール海老」は世界的な高級食材として珍重され、フランスの星付きレストランのメニューには定番として高頻度で登場します。我々はそれを「オマール・ブルー」と呼び、普通のオマール海老とは使い分けます。地方のレストランでは、調理場内や客席などに水槽があり、活けで持っておいて、注文が入ってから取り出して調理していきます。その辺のお話は 「Quenelles de brochet à la lyonnaise(カワカマスのクネル リヨン風)」のページで書きましたので是非、参照してみてください。
▲どちらもブルターニュの名産。アーティチョークの茎は包丁で切らず、手で折ると茎から花蕾まで伸びる繊維も取れる。
温暖な気候の土地なので「アーティチョーク」、「カリフラワー」、「ブロッコリー」など、豊富な種類の野菜の栽培も行われています。養豚や養鶏、酪農もさかんで乳製品では特に有塩バターが有名ですね(「ゲランドの塩」など海水から豊富に取れる塩の生産地でもありますし)。昔の漁師さんたちが船上での食事用に持ち込むバターをどうにかして長持ちさせようと塩を加えたのが起源だとか。聞くところによるとブルターニュの人々が消費するバターの約90%が有塩バターだそうです。フランスの他の地方と比べるとなんと1.5倍も多い割合だとか。
以上のように今は豊富な食材に恵まれたブルターニュ地方ですが、昔はこと農業に関してはあまり適さない痩せた土壌だったらしく、育つ作物といえば「ソバ」くらい。そこから今ではブルターニュの代表料理とも言うべき「ソバ粉」の薄焼きクレープ「 Galette(ガレット)」が誕生したのだそうです。このガレットについては、「Ficelle picarde(ピカルディ風クレープグラタン)」のページで触れていますので、ご覧になってみてださい。
そうそう「ポ・ト・フー」といえば、いまだに私はマスタードをたっぷり塗って食べるのが大好きで、こどもの頃、お料理上手の母が作ってくれた、キャベツと人参・柔らかい豚バラ肉・市販のコンソメキューブで作る我が家の「ポ・ト・フー」に和からしを塗って、「ツーン!」となりながらもパクパク食べていたことを憶えています。長い間、母の言う「ポ・ト・フー」という料理名を覚えずに、高校2年までは「あの、キャベツ入りおでんのやつ」と言ってリクエストしていました。
日本やフランスのレストランのペルソネル(賄い)でもたまに「ポ・ト・フー」が出ていました。丸ごとの野菜やいろいろなお肉やソーセージ、ベーコンなど、その都度内容は様々でしたが、大量に作るフランスでは必ずと言っていいほど骨に入ったプルプルの「moelle(モワル/牛骨髄)」が数個だけ入ってました。全員分なんてないので早い者勝ちです。だいたいサービスマンが先に食べ始めるので、私が食べ始めるころには無くなってしまっていることがほとんどでした。ゲットした人は塩をふってからキュイエール(スプーン)ですくって、美味しそうに食べていました。フランス人はこれが大好きなんですね。(シェフM.T)
▲皿右上がソバのファルスをほぐしたもの。煮込んだブイヨンを絡ませながらいただく
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