レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
▲本来はカスレの名前の由来にもなっている厚手の煮込み土鍋「カソール(Cassole)」を使います。
今月はオクシタニー地方を訪れます。この地方、ラングドック・ルシヨン地方とミディ・ピレネー地方が一つになって生まれました。ラングドック・ルシヨン地方はスペインの国境、東はローヌ河の河口までの地中海沿岸に広がる一帯。中心都市のモンペリエをはじめ、カルカッソンヌ、ナルボンヌ、ニームなどの中世の古都が残ります。セートなどの漁町ではイカやタコなど新鮮な魚介類が捕れ、ニンニクやトマト、オリーブオイルを用いた地中海料理が特徴です。
一方、ミディ・ピレネー地方はトゥールーズを中心地とし、スペイン国境のピレネー山脈とアキテーヌ地方に挟まれ、フォアグラの生産でも有名で、コンフィやカスレといった代表的な料理があります。果物やキノコ、栗やくるみでも有名。またどちらの地方も高級ワインというより、日頃楽しめる果実味豊かでボディのしっかりしたワインの産地としても有名ですね。海と山の自然と食、そして歴史に彩られた魅力たっぷりの地方です。そして今回ご紹介するのはこの地方の代表料理「カスレ」です。(カスレの由来や詳細は本文で!)カルカッソンヌ、トゥールーズ、カステルノダリーの3つの都市がカスレの本場として有名です。白いんげんを使うのは絶対で、あとは鴨肉を使うか、ヤマウズラを使うか、仔羊を使うかの違いがあります。今回こちらでご紹介するのはそのどれとも異なり、あまり知られていないもう一つのカスレ、トゥールーズ出身のロートレックのカスレをご紹介します。
***
そしてなんと、日本でカスレといったらこの方、このお店「レストラン パッション」(東京)のアンドレ&パトリック・パッション氏。今回パトリックさんがパッション家にとってのカスレや合わせるワインについてご寄稿くださいました。こちらは「Cassoulet Part2 特別編」で追ってご紹介いたします。ご期待ください!
材料
作り方
- 白いんげん豆を一晩、水に浸ける。
- ブイヨンに豚足、鴨ガラ・手羽を加え2時間煮る。冷まして一晩おく。翌日パッセし(漉し)、豚足・手羽を取り出し、肉をほぐす。
- 白いんげん豆をたっぷりの水から火にかけ下茹でする。沸騰して5分、アクをよく引いてから、水気をきる。
- 鍋に白いんげん豆と2のブイヨンを入れ、豆を煮る。
- 別鍋に油(あれば鴨脂)をひき、一口大にカットしてアセゾネ※3した羊肩ロースを加え、表面を焼き固める(ルブニール※4する。)
- タマネギ、エシャロット、ニンニクも加え、炒める。焦げないように注意する。
- 平行して煮ていた4の白いんげん豆、ブイヨンを加える。
- ほぐした豚足・手羽、焼き色を付けた鴨モモ肉のコンフィ、ソーセージを加え、コトコト1時間煮る。
- ソーセージと鴨モモ肉のコンフィを取り出し、半分にカットする。
- すべてをカスレ鍋(Cassole)に盛り付け、パン粉、パセリをふり、オーブンでグラチネ(天面に焼き色をつける)する。 ※スチコンの場合(オーブンモード・100%・230℃・5分・風1)
<フランス料理用語注釈>
※1・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
※2・・・コンフィ(confire)コンフィにする。魚や肉を低温でにて脂漬けにする。シロップまたは蒸留酒につける。野菜などを酢につける。
※3・・・アセゾネ(assaisonner)調味する、(塩、コショウの他に色々な種類の香辛料を用いて料理本来の)味を引き立たせる
※4・・・ルブニール(revenir)下処理として手早く炒める、焼き固める
カスレ説明&シェフエピソード
今回は、Occitanie(オクシタニー地方)です。フランスの南西部、ピレネー山脈とセヴェンヌ山脈のあいだに広がるこの地が「もうひとつの南仏」と言われるオクシタニー地方です。古代ローマの建造物が多く残る町ニーム、荘厳な城塞都市カルカッソンヌなど観光するには打ってつけの地方です。数ある観光地の中、今回の料理の舞台は「トゥールーズ」です。パリからTGVで5時間半、赤レンガの街並みが美しく、「バラ色の街」とも呼ばれ、少しイタリアっぽい雰囲気を醸し出している街です。反面、近年ではエアバス社等の航空産業の一大中心地という一面もあるのです。名物料理は何と言っても「カスレ」が有名。
なのですが、我々日本人にはまだまだ馴染みが薄い料理です。コテコテのフランス郷土料理なので、メニューに載せている日本のレストランも少ないですし、料理名は知っていても食べたことがない方も多いのではないかと思います。是非、このシンプルなレシピを参考に作ってみてください。美味しいですよ。
さあ今回のお話に参りましょう。
フランスで研修する日本人とパリとの関係
フランスで働いた3年間、働くレストランを移る度ごとに、いったんパリに上がるのが常で、そして楽しみでもありました。どの地方に移動するにもパリに出てからの方が便利なのです。当時、私にはパリに上がる度に必ず行く所が何か所かありました。まず、いの一番に訪れるのが、ルーブル美術館とオペラ座の中間あたりにある「北海道」です。和食屋さんというか定食屋さんですね。ガイド・ブックでも紹介されているのでパリを訪れたことがある方は大体ご存じかと思います。
▲今も健在。こちらこの4月の様子。現在は外観の補修にむけて足場が組まれていました。
食べるものは毎回決まっていて「ボリューム満点のマーボー丼」が大のお気に入りでした。炊飯器でちゃんと炊いたふわふわのご飯とピリ辛のマーボー豆腐が体の隅々まで染み渡っていく様な感覚を覚えながらもりもり食べていました。当たり前ですが、フランスでは毎日パンとシンプルなフランス料理ばかりの食生活なので、当時の私の体は醤油の味と炊き立てのご飯(フランスではお米は野菜感覚で茹でて食べます。)を欲していたのです。フランス料理の料理人と言っても生まれも育ちも日本ですから・・・。
しかし私の友人の中には、「食生活がフランス人と同じでなければフランス料理は作れない。」というポリシーのもと、業界に入った何十年も前から今日まで、パンとフランス料理中心の食生活を送っている強者もいます。例外的に外食時の和食・中華は別だそうで、彼曰く、「フランス人もお寿司やラーメンをたまに食べるでしょ。」とのことでした。なるほど納得です。
お腹が満たされたら、次はジュンク堂です。パリにある日本の本屋さんです。携帯電話もネットもない時代、日本語の活字や情報に飢えているので、週刊誌などを立ち読みしながら、短時間で日本のリアル?情報を吸収します。帰りにはフリーペーパーの「OVNI/オブニ」(今はネットでも読めるようになりました!)を必ずいただいてから外にでます。
▲こちらも健在。ネットのない時代は特にここに来れば日本とつながれる、日本にいるような気持ちになれるとても貴重な場所としてどれだけの日本人の心の支えになっていたでしょう。
そして次に向かうのが、「オルセー」「オランジェリー」「ルーブル」等の美術館です。子供の頃から絵画が好きでしたので、美術の教科書でしか見たことがない本物の名画が目の前、数十センチの距離で鑑賞できることが嬉しくて嬉しくて。中でも「オルセー美術館」が一番好きで、毎回少なくとも4時間以上は館内に滞在していました。お目当ては、特殊なライティングの部屋に展示されている「ロートレック」の作品でした。
前置きがだいぶ長くなってしまいました。すいません。今までのお話はここに繋がるのですが、私の書棚に今回の地方「オクシタニー」の中心地であるトゥールーズの伯爵家出身の画家「トゥールーズ・ロートレック」の料理書『 L'ART DE LA CUISINE 』(1960年)があります。美食家であり自ら調理もした彼の没後、画商で親友でもあるモーリス・ジョアイヤン氏がロートレックが残した資料をまとめて『La cuisine de Monsieur Momo』(1930年)として出版した料理書が元になっています。ちなみに『Momo』というのはロートレックのペンネーム、またモーリス・ジョワイヤンと作った美食倶楽部の名称でもあったそうです。
今回はこの『 L'ART DE LA CUISINE 』に記されているロートレックの調理法で「Cassoulet(カスレ)」をご紹介します。他の料理書のカスレとは、一味違ったシンプルな方法です(分量は出ていません)。少しだけですが、材料入手の関係もあり、私好みに一部アレンジさせていただきました。トリュフも入れませんでした。
カスレの起源
それでは、まずカスレの起源からです。このカスレ、一説にはフランスとイギリスの間で起きた「100年戦争(1337-1453年)」のときに出来た料理だとされています。戦争中、イギリス軍からひどい攻撃にあっていたカステルノダリー(カスレ発祥の地)では、生の野菜など畑で採れる食物がなくなってしまったため、とりあえず手元にあった乾物の白いんげん豆と家畜の様々なお肉を一緒に煮込んだ料理が作られるようになり、それがやがて「カスレ」になったと言われています。使われている白いんげん豆ですが、以前はそら豆を使ってたのですが、イタリア人がペルーから持ち帰ってきた白いんげん豆が伝わってからは、それに代わっていったそうです。またこの地域の水は日本と同じ軟水なので、食材からうまみ成分であるアミノ酸などが溶け出しやすく、より味わい深い料理となります。フランスの大体の地域は硬水なので、マグネシウムイオンとカルシウムイオンの含有量が多く、調理場でステンレス製の鍋等を使って野菜を茹でていると、鍋ふちが真っ白になってしまうのです。最初見たときはびっくりでした。
ここからは少しマニアックな説明です。一般的なカスレとは、下煮した白インゲン豆を豚、羊、鵞鳥、鴨、腸詰め等の肉類とゼラチンたっぷりのブイヨンでコトコトと煮たラングドッグの最も有名な郷土料理です。そしてカステルノダリーの隣村イセルで伝統的に作られるCassole(カソール)と呼ばれる独特な土鍋で調理することからその名がついたと言われています。低温でじっくり煮ながら、カスレ表面に膜を作り、その膜を混ぜて溶かして、再びじっくり煮ながら、表面に膜を作り溶かしてを繰り返して、独特のコクを作りだしていきます。
3つのカスレ
この料理には、大きく分けて3種類のタイプが存在します。<カステルノダリー風カスレ>には、豚肉、ハム、豚の脛肉、大きなソーセージが入ります。<カルカソンヌ風カスレ>には、カステルノダリーの材料に加え、端肉を落とした羊の股肉、さらに季節によっては山鶉を加えるそうです。<トゥルーズ風カスレ>には、カステルノダリー風の材料に加え、豚のベーコン、トゥルーズ・ソーセージ、骨を抜いた羊の顎肉、または胸肉、鵞鳥または鴨のコンフィが入ります。今回のルセットは、このトゥルーズ風に近いです。これじゃなきゃダメみたいな絶対的組み合わせのルールがあるわけではないので、その地域や家庭で様々なタイプのカスレが食されています。私的には、さっと短時間煮てから表面をカリカリにグラチネする方法のほうが軽く食べられるので好きです。
本場トゥルーズではないのですが、パリのラングドック地方料理(昔の区分)のレストランでフランス国内で初めて食べたのものは、私的には結構ヘビーでしたし、想像以上にガツンという感じでした。けれど一緒に食べていたフランス人の友人は、バクバク美味しそうにニコニコで食べていました。「léger(レジェ・軽い)」ですって・・・。彼も同業のキュイジニエ(料理人)ですが、日本生まれ日本育ちの私の味覚とフランスで生まれ育った彼のそれとは大きく違うのです。もちろん物にもよるのですけれど。在仏たった3年間ではその違いを克服できる訳もありません。ここら辺の話(フランス修行の核心部分)は長ーくなりますので、また別の機会に書きます。(シェフM.T)
***
厨BO!YOKOHAMAではFFCCと共に「食」にまつわる様々なセミナーを開催しています。こちらもぜひチェックしてみてください。
▲トゥールーズの市内 レンガ造りの建物が並ぶ旧市街。夕日に照らされる様子から「バラ色の町」とも呼ばれ親しまれている。
▲カスレの必須食材、白いんげん豆。
「オクシタニー地方の都市タルブ(Tarbes)周辺で栽培されているタルブ種は食感はもちっとしていて、煮込んでも皮が破れず綺麗な形を保ったまま仕上がるのが特徴(アンドレ・パッション著「フランス郷土料理」:河出書房新社より)」とのこと。