レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
ロワール川の旅もいよいよ終盤に入ります。今回から2回に渡りペイ・ド・ラ・ロワール地方を訪れます。大西洋に面したこの地方でロワール川は長い旅を終え、大西洋に注ぎ込みます。北はブルターニュ地方、南はヌーヴェル・アキテーヌ地方に挟まれ、ナントを中心に交易や造船で発展してきました。かつてはブルターニュ公国の中心都市でもあり、歴史的にも重要な役割を果たしてきたナント。造船業の衰退とともに街の活気が失われた時期もありましたが、最近は文化芸術に力を入れ、現代アートの街というイメージも定着し、活気を取り戻しています。そんなナントですが、まず頭に浮かぶのは「LU」というロゴで有名なビスケットメーカー( Lefèvre-Utile )https://www.lu.fr/veritablepetitbeurreです。中でも「 Petit Beurre(プチ・ブール)」というビスケットはフランスのどのスーパーでも売られていて、お値段もお手頃な、とても素朴なビスケット。フランス人なら誰でも知っているシンボル的商品です。このプチ・ブールの歴史を調べてみると、1886年に生まれたそう。135年も愛されているロングセラーなのですね。形は長方形の四隅が少し大きめに切り込みが入り、周囲全体に切り込みがはいっています。4隅は四季を表し、周囲の52個の切り込みは一年の52週を表しているのだそうです。他にも「BN」のロゴで有名なビスケットメーカーもナントが発祥地なのです。ビスケットの街!とも言えそうですね。
では、今月のレシピにまいりましょう。ロワール川流域の乳製品を使った、アンジュ地方の代表的なデザートをご紹介いたします。
レ・マシーン・ド・リル(Les machînes de l'Île)https://www.lesmachines-nantes.fr/はかつて造船所だった場所が再開発され機械仕掛けの動物たちの世界が体感できる。造船の鉄鋼の技術が生かされ、乗ることもできるこの象は街中にも繰り出す。
材料
<材料>(直径6cmのココット容器×4個分)
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クレメ・ダンジュ
- 卵白 : 50g
- 砂糖:70g
- フロマージュ・ブラン : 100g
- クレーム・ドゥーブル : 200g
- 卵白 : 60g
- 砂糖:30g
- アーモンド・プードル:35g
- 薄力粉:5g
- 粉糖:適量
- フランボワーズピューレ:60g
- シロップ(水1:砂糖1):25ml
- レモン汁:5ml
- フランボワーズ:適量
ビスキュイ
ソース
飾り
作り方
- 卵白と砂糖でメレンゲを作る。
- よく水切りしたフロマージュ・ブランにクレーム・ドゥーブルを加え、混ぜる。
- 1と2をさっくり混ぜ合わせ、ガーゼを敷きこんだ容器に絞り込む。
- 冷蔵庫で約2時間、冷やす。
- メレンゲをしっかり立て、ふるった粉類を3回に分けて加え、混ぜる。
- オーブンシートに生地(厚さ1cm)を広げ、粉糖を全体にふり、スチコンで加熱する。
- スチコン(オーブンモード・100%・180℃・8分・風量3) ※普通のオーブンでも同様
- フランボワーズピューレに残りの材料を加え、混ぜて漉す。
- お皿に丸いビスキュイを置き、ソースを少しナッぺ(塗る)する。その上にガーゼを外したクレメ・ダンジュをのせ、周りにソースをかける。フランボワーズを飾る。
<クレメ・ダンジュ>
<ビスキュイ>
<ソース>
<盛り付け>
メインの材料を合わせたら、ガーゼを敷いた容器に入れて2時間冷やす。
シェフエピソード
クレメ・ダンジュ=天使のクリーム?売りの少女
以前にもご紹介したようにロワール川流域の地方はチーズ作りが盛んなので、それぞれのご当地チーズを使った料理やお菓子が各地にあります。今回はその中からアンジュ地方の代表的なお菓子というか、立派なレストランデザートにもなってしまう女性好みの「Crémet d'Anjou」をご紹介します。ここ十数年の間に日本のパティスリーでもよく見かけるようになったので、ご存じの方もいらっしゃるかと。
最近流行りのクリーム多い系コンビニスイーツの元祖的存在なのかもしれません。一説にはこの Crémet d'Anjou、既に1900年頃からアンジュ地方で食されていたとか。今はフロマージュ・ブランのようなフレッシュチーズを主材料としていますが、元々は生クリームと卵白のみで作っていました。なのでこのネーミングなのですね。酪農家がバターを作るための撹拌機(ハバット)でクリームをこねる時に機械のプロペラや内側に付着したクリームをかき集めて食べていたのが始まりで、その後、それにご当地フレッシュチーズを加えたヴァージョンへと進化していったようです。1920~30年代には「クレメ ダンジュ売りの少女」がカゴに入れて街で売っていたといいますから、結構、当時からポピュラーなお菓子だったのでしょう。また日本語に訳すと「天使のクリーム」と呼ばれることもありますが、これは「Anjou(アンジュ地方名)」を「天使」の意味の「Ange(アンジュ)」という言葉に置き換えた言葉遊びのようなものらしいです。
カルチャーショックと性質の話
ここでフランスの乳製品のお話を少し。私が若いころというか今でもですが日本の調理場では、だいたい牛乳パック容器に入った生クリームを料理にもデセールにも使っています。ところが私が経験したフランスの田舎では、料理にはバケツに入ったどろっとした生クリームを使っていました。いわゆるクレーム・ドゥーブルです。当時は知らなかったので、カルチャーショックでした。最初はあまりの美味しさに、ちょくちょくキュイエール(スプーン)ですくって食べていました。もちろん味見です。それに調理用のバターもバケツ入りでした。濃厚な発酵バターです。当時の日本のものとは比べようもないくらいにフランスの乳製品は、本当に美味しかった。それらを惜しげもなく料理に使うので、豊かな味わいの一皿になるんです。私が働いたレストランだけかもしれませんがフランスでは、ほとんど目分量での仕事でしたから乳製品はこれでもかってくらいに、たっぷり使いました。。もちろんシェフからの指示ですし、いい加減な作業ではありません。確認作業もしっかりします。ただパティシエだけは、きっちり計ってからの仕事でした。そのせいかパティシエとキュイジニエとでは性質がまったく違う印象でした。例えば、パティシエは穏やかな人が多いが、キュイジニエは少し荒々しいとか、パティシエの車はちゃんと洗車されているが、シェフ以外のキュイジニエの車はいつも泥だらけとか、パティシエの頭髪はきちっと整っているけど、キュイジニエの頭髪は坊主か短髪かボサボサ(トックを被るので問題なし)、おまけに髭ずらだとか、色々。あくまでも個人的な印象です。フランスに比べて日本での仕事は、料理の分量、計量に厳密でした。レストラン経営なので当たり前と言えば当たり前です。肉や魚、野菜もしっかりバランス(秤)で計ってから調理していましたし、ソースの材料のワインやフォン等の液体もちゃんと計っていました。当時のそれを象徴するエピソードです。19世紀半ばに造られたパッサージュ・ポムレ ナントの中心街にあり、ガラス屋根が美しい
ほうれん草の思い出
私がまだ25才だったある日、新メニューに使うガルニ(付け合わせ)のほうれん草の分量に悩んでいたところ(シェフからの指示はほうれん草一掴み)、それを聞きつけた宴会とパス(皿の最終チェック係)担当のフランス帰りの先輩がやってきて、「何悩んでるんだ?待ってろ!今、調べてくる。」とシェフルームの電話で何処かに電話をかけ始めました。どうやら話を聞いているとフランスへの国際電話のようです。当時の私は、調理用語と数字以外のフランス語をまったく勉強していなかったので、チンプンカンプンです。数分後、電話が終わって、先輩がメモを渡してくれました。そこには3つの2ケタの数字とその上にアルファベットが。「これがTaillevent、これがBocuse、これがPassard。この3店の平均でいけ!」と・・・。よくよく見ると、有名レストランの名前でした。これでほうれん草の分量が決まりました。それにしても、すごい人脈です。この先輩は、もう若くしてお亡くなりになりましたが、私が今まで一緒に働かせていただいた料理人の中でダントツにフランス料理が大好きで、詳しくて、情熱的な方でした。よく蹴られ、よく鍋を投げつけられ、よく怒鳴られましたけど、毎晩のように飲みに連れて行ってもくれて、可愛がってくれた豪快な料理人でした。数年後、在仏中に「L'Arpège」で食事をした後に、Alain Passardシェフにその先輩が亡くなったことを伝えると彼は涙を浮かべていました。仲間だったと・・・。
初めて食べた星付きレストラン
ここから前回の「トゥールのレストラン食べ歩き」の続きを・・・。(『豚フィレ肉 トゥールのドライプルーン(プラム)添え』のシェフエピソードをご参照ください)トゥールの安宿で十分に睡眠を取った翌日、いざレストランへ。まず、当時二つ星で昔は三ッ星に輝いていた「Charles Barrier / シャルル・バリエ」に向かいます。往年の名店です。ミシュランの地図を見ながら歩いて行きます。一人ぽっちです。フランスの星付きレストランで一人で食事をするのは、これが初めてでした。凄く緊張します。お店の前に立ち、店構えを見ます。日本で「専門料理」の写真で見ていた感じよりも、こじんまりとしたレストランです。予約の名前を告げて、席に案内されます。食事中ずっと緊張していました。注文した料理はどれも美味しいものでしたが、特に印象に残ったのは、前菜としてとった「季節のホワイトアスパラガスのオレンジ風味サバイヨンソース」でした。クラシックでシンプルなお料理です。しかし演出が素晴らしい。茹でたてで、まだ蒸気を纏っているホワイトアスパラガスがアイロンをピシッとかけた純白のサービス用ナフキンに包まれて客席に運ばれてきました。メートルドテルがそれをお皿に盛り付け、オレンジ風味のサバイヨンソースをふわっとかけ、仕上げにオレンジの皮をラぺしてくれました。サバイヨンの香りがとても素晴らしく、豊かな味わいと太さで柔らかいホワイトアスパラガスにばっちり合っていて、贅沢&エレガントな一皿でした。フランスの野菜は日本の野菜に比べて味が濃いのです。十分満足して、また歩いて宿に戻り、翌日の「Jean Bardet / ジャン・バルデ」に備えます。続きは次回に・・・。(シェフM.T)
造船で栄えた街。ロワール河畔にはクレーンが今も。