レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
今回は「Pigeon aux raisins à la façon du vigneron(鳩の葡萄添え ヴィニョロン風:ぶどう栽培者風)」をご紹介します。 オーベルニュ=ローヌ=アルプ地方のローヌ河のほとりに広がる銘醸ワインで名を馳せる、エルミタージュ地区に伝わる料理です。急勾配の斜面に広がるブドウ畑が段々畑状に丘を覆い、ローヌ河を見下ろしていて、独特の景色に目を奪われます。さぞや農作業が大変だろうと想像するのですが、美味しいワインが出来るのですから仕方ありませんね。そんなエルミタージュのブドウ栽培者の悩みから生まれたレシピ。エルミタージュは赤ワインが有名ですが、白ワインも美味。生産量が少ないので日本ではなかなか出会えませんが、白ワインを使ったレシピです。今回はコート・デュ・ローヌの白を使用しました。どうぞお楽しみください。
材料
<材料>(4人前)
- 鳩:2羽
- マリネ用
- 塩・胡椒
- オリーブ油:少々
- にんにく(エクラゼ ※1): 2片
- ベーコン(バトネ※2): 80g
- エシャロット(アシェ ※3): 30g
- マッシュルーム(半切り): 4個分
- ジャガイモ(半切り): 4個分
- 小タマネギ: 4個
- 芽キャベツ: 4個
- 白ワイン(エルミタージュ or コート・デュ・ローヌ): 300ml
- コニャック: 30ml
- フォンドヴォー(または水):300ml
- タイム: 適量
- ローリエ: 1枚
- 白ワインビネガー(マイユ社): 5ml
- ブドウ(エペピネ※4、エプルシェ※5する): 12粒
※甘みのあるものの方が良い。黒ブドウ系でも可 - さやいんげん(半切り): 12本分
- 塩・胡椒: 適量
- オリーブ油:少々
にんにく(薄切り):1片
タイム:少々
<フランス料理用語注釈>
※1・・・エクラゼ(écraser) 押しつぶす
※2・・・バトネ(bâtonnet)小さな棒状のもの
※3・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
※4・・・エペピネ(épépiner)(くだものの)種をとる、芯をぬく
※5・・・エプルシェ(éplucher) (野菜・果物などの)皮をむく、不要部を除く
作り方
- 鳩をマリネ用材料で一晩マリネする。全体と腹の中にアセゾネ(塩・胡椒)をする。
- ココットを火にかけ、オリーブ油で鳩をセジール(強火で焼き色を付ける)する。野菜・ベーコン・ハーブを加えて炒める。
- 白ワイン、コニャックを加え、アルコール分をとばしフォンドボーを加え、蓋をして、スチコン(またはオーブン)で加熱する。
- ● スチコンの場合 :
ホットモード・100%・200℃ 30分・風量4
● オーブンの場合 : 220℃・30分 - キュイッソン(煮汁)を煮詰め、白ワインビネガーを加え、塩・胡椒で味を調える。
- ブドウ、さやいんげん(下茹でする)を加え、温める。
- 鳩を半割りにして、器に取り分ける。ガルニチュール(付け合わせ)を並べ、ソースをかける。
シェフエピソード
今回は、「Pigeon aux rasins à la vigneron(鳩の葡萄添え ヴィニュロン風(葡萄栽培者風))」をご紹介します。文字通り、葡萄栽培者が自分たちの葡萄畑を荒らす野鳥類(ジビエ)を駆除して、美味しく食べてしまうという一石二鳥?の料理です。料理書には、あまり見当たらないのですが(手元にある「Le guide culinaire」や「Gastronomie pratique」には記載がない)、私が、ローヌ川沿いTain l'Hermitage(タン・レルミタージュ)で働いていたお店のオーナーシェフが教えてくれた郷土料理です。もしかしたら、フランス全土の葡萄栽培者も作っているかもしれませんが、シェフは、ここの料理だと言い切ってました。私が在籍した半年間、一度も料理する姿を見せなかったシェフですが、彼の書斎には、古い料理書がズラリと並び、まるで古典料理の研究室のようでした。メニューの入れ替えやその日の料理など、シェフから口頭でルセットを説明され、一度だけ試作(試作なしでぶっつけ本番の時も多々あり)して、味をチェックしてもらい、外国人の私からフランス人スタッフに手順を説明するという流れで調理場を回していました。この鳩料理、実際にシェフの友人が来店した際、特別料理として何度か作りましたし、鳩の入荷がない日にcaille(鶉)を1度だけ代わりに使ったこともありました。シェフがカーブ(ワイン蔵)から持ってくるエルミタージュワインの白をこれでもかと贅沢に使ったココット料理です。こうして本物の地元ワインをふんだんに使えるのが、当時とても幸せでしたし、フランス修行での醍醐味のひとつでもありました。日本では味わえない経験です。
ここで私がフランスで最後に働いたタン・レルミタージュの街のお話を少し。タン・レルミタージュ駅の目の前、ローヌ川東岸にある急勾配な丘が、有名なワイン産地エルミタージュです。この地のワインの起源は、紀元前500年にギリシャ人がこの地に葡萄の木を伝えたという説と十字軍の戦士ガスパール・ド・ステランベールの伝説が有名です。後者の伝説の彼は長引く戦いに傷つき、1224年、俗世間から逃れてエルミタージュの丘に礼拝堂を作り、丘を開拓して葡萄の木を植え、ワインを作りながら静かに隠れ住んだというものです。今は、その場所に現代風の礼拝堂が建てられ、絵葉書のモチーフにもなっています。街中や私がいたレストランのテラスからもこの丘が見渡せました。椅子に腰かけて、右を向けば、エルミタージュの丘、左を向けば、豊かな流れのローヌ川、その向こうに中世の香り漂うTournon(トゥルノン)の街、少し先には今度はチョコレートの香り漂う世界的に有名な「バローナ社」とそれまでに働いたどの街や村よりも断然おしゃれな雰囲気のする街でした。カフェ、パティスリー、タバコ屋、映画館、薬局、書店何でもあります。「バローナ社」絡みの面白いエピソードもありますがそれはまたどこかで・・・。
話を料理へ。ココットと言えば、そのレストランでは、肉の加熱調理は、すべてそのココットで行っていました。焼くのも煮るのもココットです。銅鍋が3つだけありましたが、こちらは、ガルニテュール(付け合わせ)のスペシャリテPomme Annna(ポム・アンナ/じゃがいもの重ね焼き)専用で、空いていません。このお店のポム・アンナは特別で、タルト・タタンのような大きさと高さに焼き上げ、お客様の前でお好みの量をメートルドテルが切り分けるスタイルをとっていました。毎サービスごとに3台、1日6台を半年間、毎日、毎日焼きました。日本では、考えられない贅沢な量のブール・クラリフィエ(澄ましバター)を毎日、バケツ一杯分も使っていました。
因みにポム・アンナとは、1860年代後半、当時、一世を風靡したパリのレストラン「カフェ・アングレ(1987年、デンマーク映画「バベットの晩餐会」の主人公は、このカフェ・アングレの元女性シェフという設定でした。)」のシェフ アドルフ・デュグレレ(巨匠アントナン・カレームの弟子)が、二階の特別室「グラン・セーズ」を使っていたパリ社交界にその名を轟かせた高級娼婦アンナ・デリヨン(通称パリの夜の女王)のために考案した料理。じゃがいもを丸い薄切りにし、螺旋状に重ねて、澄ましバターで焼いていきます。じゃがいもを千切りにして、同じように焼いた「ポム・アネット」は、アンナ・デリヨンの愛称「アネット」からきていて、アンナが取るお客の中でも極少数の上客の時に出されたグレードアップバージョンです。他にも様々な料理を考案したアドルフ・デュグレレですが、特に有名なのが、魚料理「舌平目のデュグレレ風」です。
さてココットの話ですが、このお店では1人前だろうが3人前だろうが、同じ大きさのル・クルーゼ楕円ココットしかありませんでした。カラーは豊富ですが、一つのサイズしかないのです。野菜のガルニテュールも大きいココットでの調理です。目の前のプラック(調理用鉄板ストーブ)に何個もココットがのるので、大渋滞。と言うか満車状態です。しょっちゅう動かして火力をコントロールしなくてはいけないし、ソースもココットの中で仕上げていくので、普通の鍋での仕事の数倍疲れます。腕がムキムキになっちゃうぐらいです。
おまけに非近代的な作りの調理場でしたので、各ポジションに冷蔵庫はないわ(シャンブル・フロア(ウォークイン冷蔵庫)のみ)、作業台は、2mも後だわと、全員が調理場内を飛び回っての作業です。空調もいまいちだったので、駐車場側のガラス引き戸(1階が調理場で2階が客席)は、開けっ放しです。フェラーリ、ジャガー、ポルシェ、マセラッティ、ランボルギーニと高級車がずらりと並ぶ華々しい駐車場とは正反対に大昔のような調理場で少数精鋭の仲間と共に汗を流しながら格闘した暑い春夏の半年間でした。でも楽しかった。
ジビエと言えば、私がフランスで最初に働いた店では、狩猟(ジビエ)の解禁日に地元の猟師や協会員?が集まり、セレモニーが開催されていました。ある日、その日が、解禁日とは、知らずにいつものように忙しく朝の仕込みを終え、通常のデジョネ営業が始まりました。するとすぐに第一メートルドテル(給仕長)に呼ばれ広い客席(レストランで働いていても客席に出るのは、その時が初めてでした。)の奥にある大きな個室の前に連れて行かれました。「部屋の中を見てごらん。」と言われ、恐る恐る覗いてみると、映画の「三銃士」に出てくるような中世の衣装を着た人たちがホルンの合図で、歌いだし大合唱。そして乾杯。まるで出陣式のような感じです。「何これ?すっげー!映画みたい。」目を丸くしている私にグラスが・・・。私も・・・乾杯。そしてメートルドテルが私の耳元でひと言「これが、フランスだよ。」と、片目を瞑ってウインク。「うおー。おっしゃれー。」にこにこ顔で、メートルドテルにお礼を言って調理場に戻ると、すでにオーダー伝票がズラリ。シェフがマイクで(調理場が広いので)オーダーを次々に読み上げています。少々焦りながら、ポジションに戻り、調理開始。集中。でもさっき見た光景は、記憶にしっかりと焼き付けました。
もうひとつ、フランスでジビエと言えば、何と言ってもシュミネー(暖炉)です。なかなか日本では経験できない貴重な調理作業です。 面白いエピソードがあるのですが、今回はスペースの関係もあるので・・・、そのお話は、またの機会に・・・。
Hermmitageの観光局のサイト
https://www.ardeche-hermitage.com/en/taste/ ← エルミタージュについてさらに詳しく知りたい方はこちらもご参考に