レシピの話
フランス地方料理を巡る旅
今回ご紹介するのはアルザスを代表する料理のひとつ「ベッコフ」。意味は「パン屋の竈で煮る」。昔、まだガスのない時代の冬、村のマダム達が日曜に余った肉と野菜を厚手のココット(ベックオフ鍋)に詰めて、月曜の朝、パン屋に預けて、竈の残り火で煮込んでもらっている間、共同水場に洗濯に行き、帰りにパン屋に取りに寄って、夕食で食べたのが始まりだとか。・・・諸説あります。続きは後の「シェフエピソード」でお話しすることとしましょう。
アルザスにいくと地方料理を出すレストランやビストロ、WINSTUB(アルザスやドイツにあるワインバー&レストラン)などで食べることができます。今回は"トラディッショナル"なベッコフ(Baeckeoffe Traditionnel=豚、牛、羊、豚足が入ったもの)をご紹介していますが、他にサーモンやサンドル(中央、東ヨーロッパの川でみられるスズキ科の魚)バージョン、鴨のモモ肉、羊とハーブ、マンステールチーズとベーコンなど様々なバリエーションが楽しまれています。
付け合わせは「スペッツレ」。こちらもアルザスの伝統的な生パスタです。
材料
<材料>(8人前)
- 豚肩肉(一口大切り):500g
- 豚足(下煮骨取り一口大切り): 1本
- 牛肩肉(一口大切り): 250g
- じゃがいも(輪切り): 10個
- 玉ねぎ(エマンセ※1) : 大きめ1個
- 人参(輪切り) : 1本
- ポロ葱/なければ長葱(エマンセ): 1本
- 白ワイン(アルザス): 750ml
- ベーコン(スライス): 50g
- にんにく(エマンセ): 1個
- タイム : 10本
- ローリエ : 4枚
- ローズマリー : 4枝
- ジュニパーベリー(エクラゼ※2): 5粒
- パセリ(アシェ※3) : 適量
- ラード : 適量
- 塩・胡椒 : 適量
- 薄力粉、水 : 適量
<フランス料理用語注釈>
※1・・・エマンセ(émincer)薄くスライスする
※2・・・エクラゼ(écraser)押しつぶす
※3・・・アシェ(hacher) 細かく刻む
作り方
- 肉に塩・コショウし1時間おき、人参、にんにく、タイム、ローリエ、パセリ、白ワインで一晩マリネする。
- 漉す。野菜、エルブ、肉に分ける。
- ココット鍋の内側にラード塗る。(本来は、ベッコフ用のココットを用いる。)
- ココットの底にじゃがいもと野菜を敷き、塩・コショウ。豚足以外の肉を並べ、これを3段繰り返す。
- 最後に豚足、じゃがいもと野菜を並べ、エルブを加え、マリネ液を注ぎ入れる。
- 蓋をして、加熱する。
スチコンの場合:ホットモード・100%・170℃・3時間・風量4
オーブンの場合:170℃で3時間 - 皿にシュペッツェレと共に盛り、パセリをふる。
シュペッツレの作り方
- すべての材料をダマなく混ぜる。お湯の中にムーランアレギューム(野菜ミル、ムリネット)で漉して、茹でる。
- 氷水に落として、しめる。
- 水気をきり、バターで少し焼き色がつくようにソテーし、塩・コショウで調味する。
シェフエピソード
冒頭の続きです。ベッコフはアルザスを代表する料理、といっても我々日本人には、あまり馴染みのない料理かもしれません。どちらかというと同じアルザス料理でも「Choucroute(シュークルート)」の方が知名度が高いかもしれませんね。しかしながら、アルザスの人々にとっては、今もなお伝統的なご馳走なのです。
食材をココットでじっくり煮込む料理は、フランス各地に様々な形で存在し、郷土料理、家庭料理として日常的に人々に食べられています。以前、ご紹介した「Daube de bœuf à la provençale(牛肉のプロヴァンス風煮込み)」や「Pommes boulangère(じゃがいものパン屋風煮込み)」などもその一例です。
ただ残念なことに「ガストロノミー(美食)レストラン」で、そのままズバリの姿でだされることはまずありませんので、我々日本人がフランス料理を志し、国内外のレストランで修業しても、それを調理体験するチャンスは少ないと思います。というか、まずないです。現地でフランスのキュイジニエ(料理人)たちが作る毎日のペルソネル(賄い料理)や友人、知人宅に招かれての食事会など、限られた経験の中で学ぶしかありません。かく言う私も食べたのは、たった一度だけ。それもアルザスワインではなく他地方の白ワインを使い、仔羊と牛肉の端肉少しとじゃがいも、にんにくだけのシンプルな組み合わせのペルソネル(賄い料理)でした。「何これ?」「アルザスのベッコフのようなものだよ。」と同僚のシェフ・ド・パルティ(部門シェフ)。彼が作ったので、間違いなく味は抜群でした。が、その時は、なぜバターを使わないのか、不思議だなあと思っていました。いつか本物を食べてみたいと、味を想像しながら、街の書店へアルザス料理の本を探しに行きましたが・・・、田舎の小さな書店にはある訳もなく、数か月後、パリに行ったときにフナック(大型メディア店)を見つけて立ち読みし、しっかりとルセットを確認しました。「ふむふむ、なるほど!こうなのね。」。
フランスでの修行中、当時三ツ星の「オ・クロコディル」に食事に行くことになり、日曜の夕方出発でブルゴーニュからアルザスのストラスブールまで、友人たちと車で1泊2日の弾丸旅行に向かいました。当時、セゾン(繁忙期)以外のレストランの休日は、1日半だったので、まるまる使っての「食べ歩き」です。
翌日、早い時間から満席の「オ・クロコディル」のデジュネ(昼食)。私は、その時、安月給の身だったので、前菜は、メニューの中で一番安い、でも、とても薫り高い「赤ピーマンバターの小さなボールを浮かべたコンソメスープ」を、メインは「鹿のノワゼット 林檎添え」を選択しました。
その鹿の皿には、ガルニチュールとして林檎と野菜の他に「シュペッツレ」が添えてあり「これが本場のシュペッツレかあ!」と感動する気満々で口に運びました。「あー美味しいなあ!! ん・・・でも、日本でやってたやつと同じ味・・・。」。というのも渡仏直前まで働いていたレストランのグランシェフ(総料理長)がアルザス出身で、彼が考案したMenu dégustation(ムニュ・デギュスタシオン、10皿からなるフルコースメニュー)中で私が担当していたビアンド(肉料理)のガルニチュールとして「シュペッツェル」を約1か月間準備していたという経験があったのです。
試作段階で「んーん、生地をどうやって茹でようか?」当時、そこの調理場には専用の道具がなかったので、グランシェフと二人で腕組みして、しばらく悩みました。ポッシュ(絞り袋)なのか?エキュモアール(穴じゃくし)?ムーランアレギューム(野菜漉し器)なのか?とああでもない、こうでもないと片言のフランス語と片言の日本語どうし二人で試行錯誤した懐かしい思い出が蘇りました。
オ・クロコディルの「シュペッツレ」を食べながら、日本で本場の仕事を教えくれたグランシェフに感謝すると共に、今、こうして本物を味わっているんだという状況と、目の前にある美味しい料理と、何とも言えないフランスのグランメゾン(名店)が醸し出す独特の雰囲気に改めて大いに大いに感動しました。(シェフM.T)